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勝手に引用のことを語る

 彼女は笑っていたが、栓を元に戻すまでその笑い声は聞こえなかった。「生涯でこれで二度目よ、死にかけてるって感じたの。もしかしたら三度目かもしれない。でも、こんどがいちばん現実味があった。荒海を乗り越えていくみたいな感じ。そして水平線のはじのところで向にすべり落ちちゃうの。頭の中で海のうなり声を聞きながら。その声って、実は自分がなんとか呼吸しようとしている音だと思うけど。いいえ」質問に答えて、彼女はいう。
「怖くはなかった。怖がっている余裕なんかないの。戦うのに忙しいから。その水平線の向うには行きたくなかった。これからだって絶対に嫌。私はそういうタイプじゃないの」
 おそらくそのとおりだろう。彼女はマリリン・モンローやジュディ・ガーランドとは違う。この二人は、水平線の向うの、どこか暗い虹の彼方に憧れ続けていた。そして最後に向うに行ってしまうまで、何度も航海を試みていた。にもかかわらずこの三人にはどこか共通する運命の糸があった。テイラー、モンロー、ガーランド。私はあとの二人もよく知っていた。そう、確かになにか共通するものがあった。極端な感情に走るところや愛するよりも愛されたいという危険なほど大きな欲求。無能なギャンブラーが負けた勝負にさらに金を注ぎ込むような性急な気性。
「シャンパン、いかが?」彼女は、ベッド脇のバゲットに冷やしてあるドム・ペリニヨンを示しながらいった。「私は飲んじゃいけないことになっているんだけど。でも――この際なら、つまり、あなたが私と同じ苦しい体験を終えたあとなら……」そういって彼女は大声で笑った。そして、もう一度喉を切開したところから栓を抜き、笑い声を音のない忘却へと送ってしまった。

――Yom Yom vol. 6. エリザベス・テイラーの思い出. トルーマン・カポーティ. 川本三郎訳. p.501-502.