店先に戻った妻の浮かないような貌を見て、美しいな、とかそんなこと考えた。たしか息子の部屋に行ったはずではなかったか。妻は視線を落としたまま、ぽつりと言った。
「あなた、薫の様子がおかしいの…少し、見てやって下さらないかしら」
凛とした真剣な面持ちである。わたしは妻の口ぶりに尋常ならざるものを感じて、手に持っていた大根をザルに戻し、いそいそと妻の後に従った。
居間を抜けた奥の、板張りの廊下の突き当たりに息子の部屋がある。妻は入り口の引き戸に指をかけると、もう一方の手の人差し指を小振りな唇の前に立てて、短く息を吸った。妻の双眸が、息を殺せ、と訴えている。わたしはこの目に弱いのだ。
そろりと引き戸が滑り、5cmほどの隙間が開いた。かりかりと何かを引っかくような音が響いてくる。そっと中を覗き込むと、わたしは即座にそこで起きている異変に気がついた。
四畳半の南側に設えた学習机に薫は居た。健康と横暴しか取り柄のない愚息が、室内のもっとも似つかわしくない箱にちんまりと収まっているのだ。その上、薫は丸々とした五指で鉛筆のような細長いものを握って、机の上でそれを小刻みに動かしている。まさか、そんな。
「薫は、一体何をしているんだ…ラッシャイ」
「勉強を…しているのよ」
残業(トナカイ)のことを語る
