金八先生と言えば、学級会のときとかに、さも父から聞いた話といった風に「人という字は支えあって云々」てな話をしたりする先生が担任だったことがある。小学校の頃。
当時私はいじめられていて、特に学期のはじめ辺りは毎日泣きながら下校していたのだけど、その先生曰く「いじめられるのはあなたの性格に問題があるからじゃない」という話。
それを1対1のときに言うならまだしも、他に生徒が大勢いる場所でも平然と言うので、しまいには同級生にも、担任教師とそっくりの口調で「あなたそんなんだからいじめられるんだよ」と言われるようになった。
同級生に対して、私はいじめて良いと言うお墨付きをしてくれたありがたい先生だった。
しかし、友達と話しているときにふざけて一人称を「ぼく」と言っただけで
「あなた!そんな事ばっかり言うからいじめられるのよ!」
と言われたときには、流石に、人のいう事をうのみにしがちなアホな小学生だった自分も目が点になった。
その担任教師は、これまた金八先生に出てきた、教師と生徒の連絡ノート的なものもやっていたのだけど、特に書くこともなくて、その日読んだ本とか見たテレビのこととかを書くと、毎度毎度「本当に書きたいことを書いていますか?」とか「他に書きたいことがあるんじゃないですか?」とかお返事をしてきて、空気を読めないアホな小学生だった自分は困惑したものだった。悩み事を切々と綴ってほしかったのかな。
そうかと思えば、作文で友達とのやり取りを書いたときに「本当にあなたの実体験ですか?」とか「あなた達は随分とくだらないことで喧嘩をするんですね」とかコメントをつけられて不愉快な思いをしたことも何度か。こういう人に悩みを相談しろとか無理な話。
ていうか自分のことをここまで嫌っている人に何を相談しろと。
行動的にも世代的にも、多分金八先生を見て教師になったんだろうなーという先生でした。
私にとって金八先生は、こんな恩師を生み出してくれたありがたいドラマです。
穴の塞がったえむぞうのことを語る
