大学のときゼミの先生が、ゼミの度に私の名前間違えてたなー。
似た苗字の人がゼミにいて、シャッフルされてインプットされていたらしいwあまりに何度も間違えるので、先生に平謝りされたw「本当にごめんなさい。名前間違えるのって一番失礼なことなのに」と言われて、そうなんだーと思った。あまり名前間違えられることに抵抗はない。間違えるのは仕方ないし。
嫌なのは「変!」って言われること。
ありがちな話ですが、小学校低学年の頃は誰かよく知らない男子に「あいつ女のくせに●●って名前なんだぜー!」とか指差されて大声で言われたこととか何度か。まあ段々「そうですが何か?」って気分になりましたが。
そういうあからさまな悪意むき出しよりも、あまり悪気なく「それって男の子の名前だよ?」みたいに言われるのがもう少しこたえた。
別に男の子と間違われるのが嫌というわけではなかったのだけど。
そもそも私は父親に「女は腐った生き物」と言われて、女の子の見るようなアニメとか見るの禁止されていたし、父親が嫌な顔をするので女の子っぽく振舞わないようにしていたし、一人称も5歳までは「ぼく」だったし。しかし父親はチキンなので、女の子に黒いランドセルを買い与える度胸はなかったらしく、そろそろそういう振る舞いをやめてくれないかなーという空気を子供ながらに感じたので方向転換をしたのでした。脱線。
とにかく生まれてからずっと自分の名前と付き合っているわけだし、振る舞いはともかく自分は女だとずっと思っていたわけで、それをいきなり「男の子の名前だよ?」とか訝しげに言われてというか、否定的なリアクションされてもね。生まれてからずっと自分にくっついているものを、それくっつけているのはおかしいと言われても、どうにもならないし、なんか自分を否定されているような気がした。多分。子供の頃の気持ちを探ってみるならばそんな気持ちだった。
他人の名前を貶すのはそんなわけでよくないと思っている。
高校生くらいになると、逆に「いいねー」とか言われるようになって、それはまあまんざらではなかった。現金なものですよ。
更に進学した高校は、どういうわけか変わった名前の人がゴロゴロいた。何故か旧漢字とか、私よりももっと男の子っぽい名前の女の子も何人かいたし(勝新好きな妖精さんもその1人)、難読系もいれば、藤澤ゆっこちゃんみたいな、字も音も普通なんだけど、えっ、その字ってそう読むの?みたいなのもいたし、外国人ぽい名前に漢字あてましたなんてのは序の口だった。生徒名簿(小中高合同)が配布されるたびに、こんな名前が!と驚くのが楽しみであった。井子って書いてしょうこって人もいた。苗字は北野さん。カタカナでアンナもいたなたしか。苗字は土屋さん。
まあそんな中にまぎれれば、私の名前なんて大人しいものですよ。大体、驚くのは最初だけで付き合っていくうちに当たり前になるものだしね。そんな感じで、それなりにあった自分の名前に対するコンプレックスも薄れていったのでした。名簿も男女混合だったしねー。
ちなみにその学校は髪型服装自由だったので、週代わりで髪の色変えてくる男子とか、ドレッドヘアーのカップルとかいたし、スカート男子もいた。女の子の格好がしたいというタイプでなく、モード系男子。そのスカート男子だっただろうか、卒業式に張り切って緑のモヒカンにしてきたのは。
その学校には3年しかいなかったけど、まあそういう事もある的なことを沢山吸収できたのかもしれない。その感覚のまま、うっかりズレてる部分もあるのかもね。と最近思ったり思わなかったり。T橋D輔さんの髪型論議なんか目に付いたりするにつけ。でも私自身は地味な人間です。
何の話か分からなくなった。脱線たのしいな。電車でなければ。
ただある意味、逆方向に許容範囲狭いのかもなーとも思う今日この頃。
穴の塞がったえむぞうのことを語る
