鈴木明子という選手を私がはじめて知ったのは、観戦暦の浅さを露呈してしまうけれども、2006年の全日本だった。
SPでアイリッシュダンス、FSでクラシックと、タイプの違う曲を演じ分ける感性、伸びのあるスケーティングにエッジワークもよく、5種のトリプルジャンプ入り。これだけ揃っている人がどうして国際大会に出ていないんだろうと思ったものだった。病気のブランクについてはその後知った。
もうハタチ過ぎているし、すごくいい選手だけど、この後そう何回も見れないのかなーと思っていたら、ユニバーシアード優勝を機に、邦和スポーツランドから支援を受けて競技続行が決定。バンクーバー五輪を目指すという話に、彼女の演技がまだ見られると喜んだものの、五輪出場は、当時のポジションからして現実的なものには思えなかった。
ブランクのために、ジュニアで積んだ実績もリセットしたような状態で、世界ランキングや前年の世界選手権の結果が出場の条件になるGPシリーズには、なかなか出られなかった。
国際Bと呼ばれる大会で優勝を重ねて、地道にランキングポイントを積み上げていく様子は、もどかしくも感じた。GPで活躍する選手を押さえて優勝しても、つくランキングポイントはGP優勝時の半分ちょっと。選手権大会と比較すると1/4以下。ポイントが反映される試合数も制限があったり、ときには試合に出ても、後からポイント対象外の試合となってしまったり。
だけど次の年には、開催国枠でNHK杯出場が叶う。実力を出せれば表彰台に乗れると思っていたけど、長久保コーチに「事件だ!」と言わしめた銀メダル。ワンチャンスを見事に生かした。
全日本も4位に入賞し、翌年五輪の開催されるバンクーバーで行われる四大陸選手権に派遣。ここで成績を出せば・・・と思ったけれど、力を発揮できず8位。試合経験というものの重さってこういうことかと。
2009年の夏、ショーで見たウエストサイドストーリーのPGは、なんて五輪映えしそうなPGだろうと思った。このPGを見て、もしかしたらという思いが沸いてきた。
そしてGPシリーズの快進撃と、全日本の激戦の末五輪出場。こんな事って起きるんだという思いもあり、彼女の持っている力からすれば本来いるべき場所に辿り着いたのだという思いもあり。
色々うまくいった次のシーズンは、往々にして行き詰るもので、次のシーズンは色々と振るわなかった。結果以上に迷走している感が強かった。新たなPGもどちらも合ってないわけでも悪いわけでもないのに、いまひとつはまりきらなかったように見えた(このシーズン一番良かったPGはEXのベリーダンスだったかも)。世界選手権の出場も逃した。
そんなシーズンを経ての夏のショーで、今季のフリーを見て「これはワールド出れる!メダルもあるで!」と思った。
シーズンがはじまると、26歳にして3+3のコンビネーション成功したり、要素でレベル4を揃えたりといい結果を残しつつ、期待のフリーではいまいちピリッとしない感もあった。後半のジャンプをいつも失敗するので「構成変えようよおおおお。もうちょっと跳びやすい構成にしようよおおおお」とやきもきしたりした。何より、あの振付師のタラシくさいイタリア人の言った「VERY AKIKO」な演技がずーっと出きていないような気がしていた。
大きな成果を狙いながら、萎縮せず「らしさ」を見せる事は斯様に難しい事なのだな。
そして世界選手権、相変わらず後半のジャンプはひとつミスったけれども、ステップだけでなくすべての動きが「VERY AKIKO」だった。ようやく「らしい」演技が出た。
表彰台でメダルをかけられる彼女を見て「ほら言ったでしょ」という気分になった。実際は何も言ってなかったけどもw
もっと早くあそこに辿り着いても何も不思議ではなかったはずの人だ。でも、長くかかったぶんだけ、メダルの重みも格別に心地いいものになるんじゃないかな。
まあ要するに、あっこだってすごいんだよっていう話でした。
