村岡花子訳の『赤毛のアン』シリーズは小学校の頃とてもお世話になっていたので、朝ドラの『花子とアン』は当初それなりに興味があった。が、脚本家の名前を見て観る前に無言で撤退となったわけだけど、観測できる範囲内での感想を見て、正直判断は間違えていなかったようだと思っちゃうね。以前あの脚本家のドラマを見たときにひっかかった事と同じようなところに引っかかっている人をちらほら見るので、ああいうところは作家としてのクセのようなものなのかなと。ならば作る側と見る側としての相性が良くないって事なんだろうね。
穴の塞がったえむぞうのことを語る
