【いま読んでる本】【メモ】【まだまだ続くよというかいつまで続くのか(薄い本なのに)】
●1920年代……女学校で制服が和装から洋装へ。スタイルに関心が出始める。
職業婦人の増加。
(都会ではこどもの洋装も目立ち始める。)授業に体操が取り入れられ体操着としても洋装が採用され始める。
・体操が盛んに取り入れられ始めた理由……第一次大戦後に欧米女性との体格・体力が比較され、著しく劣ることがわかったため女性の体格・体力向上が唱えられた
・自宅では外出着・制服(洋装)から私服(和装)に着替えるのが一般的
↓
下着の変化→身体感覚の変容→月経帯の受容
※月経帯じたいは「体に密着しすぎる」として権威筋からはオナニー防止の目的にはよくないとして否定的に見られていたが、元々は輸入品(後に国産品現れる)・洋風の商品名(ビクトリヤ、フレンドなど)・高価格(高級品のイメージ)・ゴムの利用(化学製品・洗うのが容易←「衛生思想」にかなう先端文化的イメージ)等で人気があった。が、高価なのでどれほど一般的な商品だったかは疑問。手作りの丁字帯使用者が多かった。
●1960年代……高度経済成長期。アンネ・ナプキンと生理用ショーツの発売。
それ以前は「生理用品」は高価で大量に流通することのない「帯」と、個々人の工夫に任せられた布・脱脂綿(手製のナプキン)の使用だったが、ナプキンの販売によって大量消費を見込める「商品」となる。ショーツはあくまで補完物。
ナプキンの規格化・商品化→母子間の月経に関する知恵・知識伝達が減る
・イメージ戦略
アンネ←アンネ・フランクから。社長の発案。
>
“アンネ”ということばの持つ響きに、「処女のままでこの世を去ったという一点に翻然と悟ることがあった」(中略)「“清純”であり、苦痛でなく“喜び”であり、陰鬱ではなく“明朗”であり、美しいものでなければならない」というイメージに“アンネ”はぴったりだったのである。渡は小田実の『何でも見てやろう』を読んでいると、偶然、月経用品にふれた箇所を目にして、「サニタリー・ナプキン」ということばを知り、「ナプキンというイメージはきれい」だといことで採用されることになる。
そして、“アンネ”という社名と商品名のレタリングである。「生理の処理行為、つまり合理性や機能」よりも、また“清潔”とか“衛生的”という雰囲気よりも、「夢」を盛ること、すなわち「暗いグルーミィな、やり切れないものから、何とか明るいもの」をイメージできるようにデザインしたレタリングが作りあげられる。ここに[アンネナプキン]は誕生する。しかし、商品そのものではない。なによりもまず、商品イメージが優先し、そこから出発したのだ。(p.151)
<
……なんだかアンネ・フランクが気の毒な。
ショーツはあくまで補完物ではあったが、ナイロン使用で、ナプキン単独使用で生じる問題(漏れなど)および月経帯使用の問題(蒸れる・ごろつく・違和感)をあるていど解決した。
上記二つを比較すると生理用品とイメージ戦略の関係の深さが。
自分(id:dadako)のことを語る
