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超短編のことを語る

髪を濡らすのには、いつも僅かな覚悟が必要だ。
洗うのが嫌いなのではなく、濡らすことにためらいがあるのだ。皮膚は乾いたタオルで拭えばすぐに乾くのに、髪の毛は一度濡らしてしまえば、元通り乾かすまでに時間がかかる。
目をつぶり、髪全体にシャワーを浴びせる。根元まですっかり水びたしになってしまえば、観念した気持ちになる
ジェットコースターも嫌いだ。一度乗り込んでしまうと、恐いからといって途中で降りるわけにはいかないから。
極力手早く済ませ、リンスをもみこんでいると、背後でドアが開いた。
「……泣き止まないんだけど」
夫ごしに、息子のふりしぼるような泣き声が聞こえてきた。
「うん、もうリンス流すだけだから、すぐ出る」
「…さっきはごめん。俺ももう少しがんばるから…」
シャワーの音に掻き消えそうな夫の声を、心の中で笑い飛ばす。
「大丈夫。髪もそのうち、乾くしね」
「え?」
「なんでもない。すぐ出るから、ちょっとだけ待っててもらって」