「緑の三角」
その頃、世界にはまだ色が少なくて小さな穴からあふれ出る色の洪水は、少女には夢のようでした。
畳の上でおはじきにしてひとしきり楽しんだ後、少女は筒を握り締めかしゃかしゃと鳴らしながら
ブロック塀の向こうに遊びにゆきました。「ぽんっ」「しゅーっ」「かしゃかしゃ」「ぽんっ」・・・・・・
繰り返すうち蓋を開ける「ぽんっ」が鳴らなくなったかな、と思うや、少女の手から七色の玉は飛び出して、
原っぱのそこここに噴水のような弧を描いて散らばっていきました。
夏草は少女にとって絶望的な高さで揺れていて、しばらく探してはみたものの数粒しかチョコは見つかりませんでした。
「お母さんの言いつけを守らなかったからだ。お外に持てきたからだ。」
少女はきゅっとくちびるを噛み、あざみと昼顔のピンクをみていました。そのとき。
目の前を緑の三角が横切ったのです。見慣れないそれを確かめに近づいてみると、なんと大きなかたつむりです。
ところがかたつむりは少女を見るや友達のように「やあ、何泣いてるんだい?」と尋ねました。
「どうしてわかるの?私、泣いてないのに。」「わかるさ~。」かたつむりは大きく伸びた二本の棒をくねらせます。
棒の先端には木琴のばちのように丸いものが青く光っていました。「この色は今、きみを映してんのさ。
それで何故悲しいんだい?」少女がわけを話すとかたつむりは言いました。「なるほどね・・・・」
「だったらぼくが君のためになれるか試してみよう。みてて。」かたつむりはゆっくりと原っぱの端へ行くと
真っ直ぐに反対の端めがけて歩き始めました。「ぼくの足の裏は君の何十倍も大きくて敏感なのさ!」
しかたなく少女は後を付いていきました。「こんなことして、見つかるのかしら、、、、」
でも。何度か折り返すうちに、それが決して嘘ではなかったということがわかりました。ひとつ、ふたつ、、、
掌に鮮やかなポップカラーのおはじきが戻り始めると、少女にはそれまでとは別の悲しさが押し寄せてきました。
「わたし、いつも思っていたの。ブロック塀にひっついてるかたつむりを見るたびに、なんてのろまで
弱いんだろう。突くとすぐに殻の中に引っ込んでしまうしって。」
そして全てが少女の手に戻ったとき、かたつむりは言いました。「悲しまなくていいんだよ。
ぼくはきみと出会えてよかった。だってきみは変わったのだから。」少女はかたつむりにそういわれると
とうとう涙をこぼしてしまいました。「ねえ、泣かないで楽しいことを考えよう。そうだな、、、
それじゃあきみのその宝物を半分ぼくに分けてくれない?」「ええ、もちろん!」
少女のおかげでかたつむりは世界で一番おしゃれなかたつむりになりました。
そして少女もまた、チョコの重さは半分になったのに世界で一番幸せな気分になっていたのでした。
超短編のことを語る