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超短編のことを語る

 
『おおきな、まるい、宝石』
 
 

「アレクサンドリアという葡萄のような朝」と始まる歌の、このフレーズだけが好きだった。
どうも私は口が卑しい。
 
この、僅かに青みがかった黄緑への想いは四歳の記憶にさかのぼる。
まだ陽射しのきつい初秋、私は遠足で葡萄狩りに来ていた。
なぜ青い空と陽射しを覚えているかといえば、私が上ばっか見ていたからだ。
葡萄は幼稚園児の手の届かない上空に、夢のようにたくさん、のどかにぶら下がっていた。
 
 

幼なじみのナカガワマサオくんのお母さんが一房切って私に手渡し、
「まだ食べられるなら切ってあげるからね」と言う。
私は不満だった。欲しいのはそれじゃなかったのだ。
「もうすぐお家に赤ちゃんが来るから」「おかあさんは遠足行けないけど我慢してね」
そういい聞かされたことへのくすぶりが目の前をゆらゆらしていた。
もしここにおかあさんがいたら!手を引いて「どれがいいの」って聞いてくれたのに。
食べ終わったらなんて言ったって「あれも、これも、切ってよ!おかあさん」って頼むのに。
私のアタマのはるか上空で、翡翠色の粒は優雅にきらきら輝いていた。
 
 


 

 
おおきな、まるい、宝石をスーパーで見かけるとあの日を思い出す。
でも不思議なことに、おおきな、まるい、母のお腹は一切記憶にないのである。
あの頃私は見たくないものを見ないようにして時を過ごしていたのだろうか。
赤ちゃんが来るということは、小さな心にとってそれほどに残酷な出来事だったのかもしれないと思う。