http://h.hatena.ne.jp/usaurara/9234071197495576106
週末に書いたこの投稿について説明不足だったので再度補足を。
えー、まず最初に「日本の歌は海外のものに比べいい反戦歌だと挙げたくなるようなものが少なく残念だ。
何故なんでしょうね。」という話題がスタコメの中でされていて、私はちょうどそこで紹介されていた歌手を
気に入りましたとお二人に伝えたくてコメントをしました。
その話題(歌手及び作品の政治性)に特に関心があったわけではなく、
「この歌手が気に入りましたよ」と伝えるついでに、ごく気楽に私の主観である
「日本語って母音が多いからやわらかく、強いメッセージを伝えるのが難しい」と言いました。
私は他国語って最低レベルの英語しか知りませんが、そこで比較されている洋楽は
英語のもののようだと思って単純に英語との比較でそれを言っています。
その後にぶりさんからスペイン語との比較や、また社会的側面への言及があり、
私はスペイン語については皆目わからないので何もいえないし、社会的側面については
まったく同感だなという感想を持ちました。
少し急いでいたのでこれらのことを端折ってしまった上に、私が個人的に関心を持っていた
音韻の話を考える参考メモとして内田さんの記事をリンクしておいたのが、多分ぶりさんには
反論のように受け止められたのではないかと思います。ややこしい書き方ですみませんでした。
ぶりさんの意見への反論では全くありません。
>政治的メッセージを発する曲作りには、社会的側面、コンポーザーの意志、
聴き手の受容などがより大きなウェイトを占めるのかもしれない
その通りだと思います。日本の社会が政治的なものを嫌う、例えばここハイクにおいても
政治を語ることが即人を分断することに繋がると忌み嫌われがちなことを見ても。
私は常々そういう無言の抑圧を退けたいと思ってきましたのでぶりさんのこの意見には心から同意します。
で、その上で。
私は英語に比べるとやはり日本語が音として柔らかいという印象は持っています。
(そしてそれがどちらかというと保守派の人々の「日本は特別だ」という主張の一つに利用されがちなことも
知っています。)
私はコメント欄でそういう特質をうまく生かして強いものが書けたらいいなと思う、と結びました。
つまり「強さ」ということについて決して日本語だから出来ないと考えているのではないのです。
音としての強さ(振動の大きさ)=メッセージの強さ
という側面も確かにある。でも、それだけではないはずだということを言ったつもりです。
少し個人的な経緯を話しますと、私がここで「ハコニワ」というグループを始めた当初には
実はテキストと画像に音声ファイルも組み込んでやってみたいと思っていました。
つまり朗読付きの投稿ですね。でも朗読については賛同が得られずに実現しなかったのです。
そんなわけで、私の中ではこの一年ずっとハイクで音声をどう取り入れたらいいかが課題でした。
ハコニワメンバーの方との会話でも何度かそれを話題にしていましたので、この話題をきっかけにして
私が関心を持っていることについて様々な意見がお聞きできたらいいなと考え、ここに書きました。
この点も説明不足でしたね、すみません。
と、こういう感じです。
id:burieさん、もしまだ疑問がおありでしたら再度idコールで遠慮なくお尋ねください。