id:usaurara
超短編のことを語る

わにの夢

 オフィス街で一番高いビルの屋上に巨大な恐竜の卵があって、人々はそれを見上げながら日々の生活を営んでいるのだった。
 例えば行き詰まった会議の最中だとか、ミスの責任を押しつけようとする電話を怒りながら切ったときだとか、出退勤時に重い身体を引きずって歩くときだとかでも、ふとビルの屋上でまだら色をした卵が今にも転げ落ちそうな様子をみていると、なぜだか奇妙な安心感を覚えるのだ。
 ある専門家が云う。
「この卵は生きていて、厚い殻の中にはタイノレックスが息づいていて、そうしていつの日か孵るのだ」
 今日も吹く風は緑に薫り、花々は茎をまっすぐに伸ばしながら咲き誇っている。いつから卵がここにあったのかには諸説があるが、この街は全国的にみても気温が高く、人々は薄着で、男も女もよく恋をした。そうして誰かと誰かがくちづけを交わすたびに卵には小さなヒビが入るのだが、専門家の誰もそれを知らない。

本文はリーリッルーさん(id:lilliloo)の 2009/07/04 投稿作品をご本人の許可をいただき再掲したものです。
今日から年末年始にかけてリーリッルーさんの作品を7話挿絵をつけてお送りする予定です。
お楽しみいただければ幸いです。