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花うさぎのことを語る

ピンクのエプロン by usaurara

29. 種子

「あなたはあなたのままでいてくれ」とか
「都会の絵の具に染まらずに帰ってこい」とか
昔は勝手な文句を歌っていたものだが、最近はさすがにこういったセリフを聞かない気がする。

中学三年生で付き合っていたひとが交換日記の最後にこう書いた。

「明るく素直なあなたのままで」

しかし残念ながらその後の高校生活、わたしは失恋をしてほとんど心の底から笑うことができなかった。「明るく素直なあなたのままで」は輝かしき標語となり、それでなくても息苦しい毎日にのしかかった。

そういった言葉はだいたいにおいて悪意でなく、むしろ善意で口にされている。好意を含むやさしい言葉としてある。それは承知だが、だからこそやっかいだ。その厄介さに気づかずそれを口にするのは、中学三年生の初恋でもなく大人が大人に向って言うならなおさら傲慢である。ひとがどのようにあろうとするか、その決定はそのひとの基本的な権利としてあり、そんな自明なことは自明すぎて誰も言わないけれども・・・・・・。

わたしはコミックを描いているうちにラスボスがとても好きになった。彼の他者への接し方は一度親しいひとを亡くしたせいだろう、とても美しい。人間関係に疲れ自棄的になっていただろう店長は、ラスボスには暗い顔も見せただろう。でもその強さを信じて余計なことは何も言わない。
人はなるべきものになる。そのひとの核となるものは、どんな試練に遭おうと、誰に望まれようと望まれなかろうと、種子のようにその人のなかにあり続ける。そう思ってただ見守っていたように思える。

「明るく素直なわたし」は封印されていただけで今もちゃんとわたしのなかにある。