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花うさぎ無計画発電所のことを語る

七夕の夜ですね、こんばんは。久々に茶髪君の短編をアップします、七夕向きのロマンティックなの!(ドえろじゃなくてごめんね!!w)5分で読めるから読んでね☆

とりあえず本編をお読みでない方のために手短にご案内も書いときますね。

これは磯崎愛さんの長編小説「夢のように、おりてくるもの」の前日譚として描いたコミック「オーバーフロー」の一部と重なるものです。当時描ききれなかったプロットを、人物を絞り独立させて掌編にしました。
本編はコンビニのバイト仲間である二人の青年が過去の軛から少しずつ自由になっていく恋愛物とも言えるんですが、「オーバーフロー」はその副主人公である茶髪君(=超イケメン・決まってるじゃないですかぁ)が本編で全力疾走するための準備をする内容(うん、まあちょいエロす)でした。
主人公とは反対に自分の身体の声、心の声をしっかり感じて動く茶髪くんの「めざめ」はどんなだったろうかという妄想が、ここでも文字になっております。お楽しみいただければ幸いです。
あ、それとひとつだけ。茶髪君はかなり年上の男性と長年関係を持っていたのですが病気で死に別れ、そのあと都会の大学へ入学しています。
ではどうぞ^^

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  • 花の咲く音 Ver.9

    「彼が来たらあの鍵を渡してやってくれ。屋上にある温室の管理人だから」
    紹介されたのはコンビニの仕事にやっと慣れた春先だった。そして店長はひとこと釘を刺した。
    「研究データを扱う場所だ、むやみに出入りするな」

    「蓮の花が咲くとき音がするって本当ですか」
    「あなたは文系?ロマンチストだな」
    「そう?俺にはデータの山に真理を求めるひとのほうが」
    「じゃあ、ここで待って確かめてみれば?今夜って言っても夜明けだけどね」
    俺の言葉を遮ってそう言うと彼はむこうへ移動して水温をチェックしはじめた。壁の時計は9時にもならない。温室のガラス越しに見える夜空は地上の瞬きを反射して薄明く、屋上の空気も昼間の熱をまだ冷ましきれないでいる。
    皮膚のすべての穴が開き、飲んだばかりのビールがじんわりと浸み出す。
    今の俺が誰かとふたりきりで夜を明かすことは何を意味するんだろう。それを都会の高校生が「オール」と呼ぶ乱痴気と同等に考えていいんだろうか。
    大きな排気口が夜空に放つ轟音、地上から壁をよじ登るエンジン音、いくつもの水槽が発するヒーターの微細な羽音。アルコールが手伝って、それらはひとつに混ざりながら鼓膜に渦を巻いた。
    確かめる・・・・・・確かにする・・・・・・確かめたいこと。

    「今夜蓮が開花するんだよ」と「今夜花火があがるんだよ」は似ている。もしそれが同じだとしたら。そう囁かれてビールを手に来た俺は何かサインを示したことになるのかな。それとも昼間の暑さが応えたんだって言い訳が通るだろうか。あそこに好きな銘柄がなくてビールは買ったことがなかったが、そんなことも彼は知らないのだし。

    そう、あのころはその程度にしか俺たちは互いを知らなかった。

    「ちょっと持っててくれませんか」
    横にかがみこんで網を交代すると彼はむこうへ移動して端から水中を煽る。
    白衣を脱ぎランニングシャツだけになった胸がこちらから覗き見える角度で「追いますから魚が入ったらあげてそっちへ移してください」と言い、言われるままにすると小さな魚たちはまんまと網に収まっていった。
    「昨日から大学の事務仕事に追われててメンテが溜まっちゃって」
    妻に愛想をつかされるほどの仕事への熱狂とその割にはどこか不器用な仕事ぶりを背中越しに眺めながら俺は残りのビールを飲み乾した。
    「考えすぎか・・・・・・」

    実際そういう相手に絡まれがちな自分の考えすぎだったろう。ノンケそうな彼にそんな気はまったくなく、理系研究者らしいストレートな物言いをしたに過ぎなかったのだ。今思えば、むしろそれが彼にあってくれたら少しは・・・・・・

    俺は、「仕事が一区切りするまで」と彼が受け取るなり床に置いたビール缶をあらためて取りに行った。そしてフタを開け差し出しながら言った。
    「私生活と仕事の区別つかないんでしょ」

    少し間が空いて
    「ああ」
    「ああ、そうだよ」
    と返った。
    そして二度目の、噛みしめるような「そうだよ」が思いもよらぬ複雑な色調を帯びているのを感じて俺はおのれの軽率さに歯噛みした。彼は眼もとに滴り落ちる汗を肩でぬぐって「いただきます」と一気に呷った。よほど渇いていたのだろう、それを見ていると花や魚より自分の管理したほうがよくないですかと言いたくなってしまい、あわてて他の言葉を探す。頑丈そうな黒ブチ眼鏡のガラスが曇り、彼のもともと小さな目が今どんな表情をしているのかは確かめられない。

    「さっきの、明日一限目あるから・・・・・・」
    「あ、ああ花? 冗談だよ。花の咲くのを見るのに徹夜なんてバカだろ」

    笑っていたが俺は笑えなかった。また俺は相手を追い込んでしまっている。
    沈黙が、鼓膜で渦巻く音を激しくした。気まずさを誤魔化したい気持ちと誤魔化すべきじゃないという気持ちが交錯して俺が顔をあげられないでいると、彼が無言のまま俺の頭に手を置いた。
    五指の腹は膜一枚隔ててあたたかな脈を打ち、まるで舟から網を打つように俺が深く沈めたはずのものを掴んで引きずり揚げた。このくせ毛を解くように、ときには絡ませるように愛撫された記憶。

    俺は欲するままにその首へ手をまわし抱き付こうとして、しかしその寸前に軽く突き飛ばされてしまった。

    「ごめん」と「ごめんなさい」がほぼ同時に聴こえた。
    そのあとをどうしてよいかわからず俯く目先には、硬直したままの彼の足が映る。
    俺はいたたまれずに「外でアタマ冷やします」とその場を逃れた。

    屋上は温室を離れれば薄暗く、オフィスビルの灯りが落ち始めた夜闇に紛れ込んで鉄柵に背を持たせると、半月がちょうどいい高さまで昇っている。感情に任せて間違ってしまった自分に動揺してるのか、拒絶されたことに動揺してるのかわからないまま俺は柵に支えられてようやくそこに立っていた。

    すっかり闇に眼が慣れたころ、両手にビールを提げた彼が歩いてきた。夜闇がありがたい。俺たちは高く上がった半月のしたで並んでビールを飲んだ。今ここで答えを問うのは違う、言葉にしなくていい、そういう意味なのだろうと察してたわいない話題を探す。

    「屋上で亀がいっぴき夜空を見上げています。そこへ友人たちがやってきました。亀は全部で何匹?」
    彼はしばらく考えて
    「一匹。友人たちは彼の想像の産物だったのです」
    と答えた。

    「なにそれかなしい」
    「まあ、そんなもんだよ」
    「違いました!答えは11匹。とーたすんだよw」
    「なるほど。サッカーできるね」
    「無理、相手がいない」
    「たしかに・・・・・・相手がないと始まらんな」

    顔を見合わせて笑う。なんかもうどうでもよくなって笑った。ビールのせいかもしれない。そう思ってあまり強くないはずの彼の顔をやっとしっかり捉えた。すると彼が言った。

    「泊まりなよ」
    「え?」
    「自分でもよくわからん。わからんことは確かめたらいい、そんだけ」
    「いいんですか。俺自信ないですよ、抑える」
    「うーん、じゃあいつでも逃げられるように準備しとくよw」

    あのときはそんなこと忘れていたが、それは七夕の夜だった。
    あれ以来、俺はときどきあそこで海を見るようになった。
    聴くはずのない潮の音を聴くようになった。
    でも、いつも寝落ちてしまって蓮の咲く音はさいごまで確かめられないままだ。

    蓮は本当に音を立てて咲くのだろうか。
    まるで祝福のシャンパンのような、ポン という音をたてて。