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うさのことを語る

水無月記

大きなてのひらのカタチをした葉が茂っている。古い住宅によく見かけるなじみの植木であるがヤツデなのかイチヂクなのか考え始める前に上を眺める。植物園でみかけるバナナに似た葉が何枚も重なり合って陽光を遮っていた。そのわりに白壁と白い柱で作った軒は明るい。よく見ると透明な瓦(!)が葺かれている。それらによるわずかの違和感――照度や植生についての――はAの眼をしばらく惹きつけた。

ときどきさほど強くない風がバナナに似た葉の重なりに吹き込んでは光の筋を乱し、銭湯だといわれれば多くの人が「ああ」と納得できそうな中途半端な楽園感に建物は溢れている。何台もの自転車が並んでいるのもその印象に拍車をかけるだろう。
でもここは銭湯ではなさそうである。窓からオレンジ色の室内に目を凝らすと古い純喫茶や画廊にあるようなインテリアがほの見える。

「京都にならたくさん残っているであろう、地域に愛される喫茶店・・・・・・か?」

「腰を下ろしている時間はない」と隣を見ると幸いパン屋のようである。硝子扉を引き入ってみると隣との壁が一部筒抜けているのが眼に入る。平日の、昼にはもう遅い時間であることから考えてAは「アタリ」を確信した。迷わずイチヂクのワイン漬けが練り込まれた小さ目のバゲットを買う。

「アタリ」を確かめながらAは京都高倉通りを北上する。日が暮れるまであと1時間くらいかと思われた。