階段をおりてきた少年は廊下から中庭を見やったあとガラス障子の閉じら
れた居間へ向き直った。内側に防寒カーテンが引かれた暗室のような部屋
を覗き見るようにそうっと顔を寄せ、ながい息を吸った。そしておのれの
身幅分だけ障子に隙間をつくって猫のように身をすべりこませた。
勝は香が焚かれていたのであろう一寸あまりの球形を、姿見の脇の小さな
盆に見つけた。真鍮製の蓋物は全体にからくさの透かしが入り、それを開
けるともうひとつ入れ子状に球体がある。
吊るして使うときに火だねが零れることのないよう常に地面に水平を保つ
仕掛けがされていて、その惑星模型のような機能美が幼いころからお気に
入りであった。
しばらく姿見の前で仁王立ちになっていた勝は、ふと映り込む違和に気
づいた。振り返るとほの暗い部屋の壁面はあかあかと燃え立ち、ピンクの
花弁を幾重にもかさねて大輪の牡丹が咲いている。乱れ飛ぶのは揚羽で
あろうか。勝は思わず天井の灯に手を伸ばしたものの、思い直して硝子
障子に引かれたカーテンを僅かだけ開けた。
それはひそかに勝の手を待っていたのだ。両手で圧を加えられるとほどな
く勃ちあがり咆哮した。ぬめった手からたち上ってくる生臭さはもう飽き
るほどだが、そこに部屋で焚きしめられた香が混じるのがいつもとは違う。
さながら陰陽魚のようにふたつがマーブルを作り出すイメージを、勝はか
らだじゅうで反芻し震えた。