「日記を書く」という宿題に難儀していた。
日記を書いた直後に親に見せ、親に感想を書いてもらって、その翌日に担任に提出→担任によるコメントが付けられて返却される
という形がとられていた。
(当時の地方公立学校でなされた)初等教育には、作文教育には「思想や感情の、調査や操作」という目的が隠されていた(と私は思う)。
「○○というよいことをして、××ちゃんからありがとうと言われた。」といった類の「大人が好みそうな出来事」に遭遇する機会が、私には極めて少なかった。
たまに遭遇しても、「大人が好みそうな表現」をする力もなかった。
「大人が好みそうな感情や思考を、リサーチする能力」も、私は乏しい子供だった。
こういうわけで、「事実を淡々と述べた日記」しか書けなかった。
親からも教師からも、「感想がないのはいけません」というコメントをくらいまくった。
それから40年以上後に、はてなハイク市民になってしまった、私がいる。