10年ほど前に通った歯医者は、「患者にリラックスしてもらうため」などという主張のもと、診察台にモニター(厚型)が据え付けられ、ここにきれいな海山川の映像が流されていた。モニターは背もたれの傾きに応じて視界から外れないよう動く仕組みで、重そうな仕掛けだった。
院長は趣味でピアノを弾いたりMIDIで曲つくったりとかなんとかで、BGMは院長の演奏を録音したものなども流すとパンフレットに書いてあった。
30代と思われる院長は、やや頭髪がさびしくなりつつある、愛嬌のあるおっちゃんで、腕は確かなのだろう、患者や助手からの信頼は厚いように見え、診察室はおおむね楽しい雰囲気だった。
私は診察開始前に、その日のモニターの映像、仕事、治療の内容などを題材に院長と軽口を交わすのを日課にしており、時おり院長以外の医師の診察を受けると残念に思ったものだ。
かように、だいたいにおいて過ごしやすい要素が詰まった歯医者だったのだが、押し寄せる患者の診察をとどこらせてはならぬという意識の表れか、あるいはもって生まれた性質か、院長がやたらと早口で、これがなかなか不安を誘う。
結果、安心と不安を同時に味わえるおもしろい歯医者だった。
歯医者での治療中に聞く音楽のことを語る