id:florentine
id:mimipannのことを語る

長文をどうもありがとうございます。
はじめにお断りしておきますが、わたしは「喜んで」もいませんし「茶化して」もいません。病院にきた少女たちをおきざりにしているつもりも毛頭ございません。彼女たちは「わたし」です。これは、「わたしの問題」だと思っています。
そのうえで、こういうお言葉が、ブクマでもハイクでもまったく知らない間柄の方からいつか問われることはあるだろう、とは想像していました。引っかかりのある言葉を用いている自覚はあります。というか、100字ですから。ナイフになるには100字はわたしには苦しい。せめても、棘になりたいと願っています。
けれど、わたしの小説を読んでくださっている方からのそれは、予想だにしていませんでした。と言ってしまうのは大変みっともないし甘ったれてもいますが、それなりに衝撃をうけました。「理解されない」という想いは何度体験しても慣れることはありません。昨夜わたしは「やさぐれる」というタグをつけて、「いい気持ちじゃないからわたしがあんな小説かいてるってことを理解してくださっているものと今の今まで思っておりましたことですよ」というようなことを書きましたが、それはモノカキとしてみっともないと恥じて、消しました。消して後、さいきん感想をくださる方のメールを読み返してこころを落ち着けました。情けないはなしですが、本当です。性的なはなしは苦手だと仰るかたですが、それでもわたしの小説を最後まで読んでしまったし魅かれると書いてくださいました。いまわたしは己の自尊心を護るためにこれを記します。
たくさんご質問があるようですが、逆にこちらからおたずねしたいきもちです。
mimipannさんは、この文章を何のためにお書きになられたのですか?
ご自身の「不愉快」を訴えたいがためですか?
わたしが「性暴力の被害者に泣き寝」入れという人間だとお思いでそれを糾したいのですか? それとも、そんなふうに誤解されるような振る舞いをよしたほうがいいと、諭してらっしゃるのですか? 
ただたんに「疑問」があると、そういうことでしょうか?
わたしが自身にいつも問うていることは「他者に愚かさを預けない」という一点です。
「知識」と「教育」その他、その言葉の意味するところ、または行為なり振る舞いなりに「線を引ける」と考えるひとびとのもつその無意識の、そしてやもすると善き顔をしたタダシイ「権力」を撃つには、同じような言葉を返しては意味がないと、わたしは考えています。「それを何と呼ぶかは貴女が決めてくれ」「たとえばそれをあなたが何と呼ぼうとも」なんてタイトルの小説を書くくらい、わたしはその点に意識的であると思っています。
さて。
わたしのペンネームは女性名だと誰もがわかるものになっているはずです。それで、性行為やら性愛やら恋愛やらについてイロイロと書いています。オフラインでは、どう考えても「18禁」とレーティングされるようなおはなしを男性にも手渡ししています。
わたしは、「わたしの問題」について、わたしなりの戦い方をしています。「戦い」といえるほどのものでもないかもしれませんし、それが上手に出来ていないことは今回のことでよくわかりましたが、今後も小説を書いていくことに変わりありません。
的が外れているようにお見えになる方がおいでだとしても、わたしはわたしのやり方を貫きます。じぶんがこれじゃダメだと納得しない限り、変えません。
みな、そうではないのでしょうか? そのひとの立場、そこからしか言えないことば、というものがあると思います。
mimipannさんは、どの立場、なのでしょうか? わたしには、それがいまひとつ、理解できませんでした。
ということで、
何日か前に(もっと前か?)、わたしのブクマに「言葉が通じない」うんたらと書かれておいででしたね。言いたいことがおありなら、こうして呼び出してください。そうして呼び出しても、これではこたえてないじゃないかと思われるかもしれませんが、わたしはいつでも真剣におこたえしているはずです。もしも応答する言葉になっていないとお考えでしたら、それは、わたしが自分自身の流した血を思い出して書いているものに対してすら「理解されていない」と感じたがゆえのことかと思います。
むろん、この狭隘さを抜け出すことはものを書く人間の責務とも思いますが、わたしは、わたし自身のことさえどうにも扱いづらく、まして今回のような「問題」には神経質にならざるを得ません。その点、ご寛恕いただければ幸いです。