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花うさぎのことを語る

  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第二部 「階梯と車輪」 19話------
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     その指にかるく歯を立てると肩が揺れ、堪えきれぬようすで声が漏れた。悪くなかった。あわてて口を覆った仕種も。反応を窺われるさまが羞恥にかわり、頬や目許を鮮やかに染めていく血の逸りも。それらがこちらをも追い立てる。
     ところが、わたしの顔を見つめようとするのは応答のためではなさそうだった。わたしは、彼がなにか言おうと口を開きかけるたびに柔く、または強く指を舌で絡めた。逡巡があるのを見て取りながら、わたしはそれを傲然と無視した。問われたくなかった。いまこの気分のときに。小さなテーブルが邪魔だと思う、この熱をさましたくなかったのだ。
     手首を引いて抱き寄せようとすると、彼は、ちょっとタイムと声をあげた。手放す気はなかったが予期せぬ力強さで引き抜かれた。相手がたおやめではないと思い知る。むろん忘れてはいない。だが、容易に押し伏せることがかなわないと知るのはまた別の意味で気が急いた。やさしく接してやらねばならないし、こころからそうしたいと望む気持ちとは別の何かが噴きあがる。
    「ちょっと、ほんとにちょっと、もう少しだけはなしをしませんか」
     そんな顔を赤くして、この今どうしても話さなければならないことがあるとは疑問だった。わたしは膝を起こし、自分から彼の隣に座した。近寄られて怖気づくこともなく、彼はいきなり正座して端然とこちらの顔を見据えた。
    「おれが、夢使いについて興味をもってこんな会に入ったのは、あなたのことを知りたくて、あなたの役に立ちたいっていうやらしい下心もあるんですが、それ以外におれ自身の事情もあって」
     そこで彼は畳の目を追うように俯いた。わたしは我慢強く待つことにした。抱き寄せて有耶無耶に口を塞いではならないと感じた。
    「おれの初恋は七歳のときに逢った夢使いで……」
     それを聞いていい気持ちはしなかった。ふいに飛び出した初恋という語に気を損ねたわけではない。彼もけっきょくはわたしが夢使いだから興味をもったと告げたのだ。
    「十四まで、関係を続けました」
    すぐには意味を掴みかねた。関係を続けたとは、どういう事実をさすものか。
     その戸惑いを受け、彼は顔をあげた。
     ひとみが、定まった。
    「そういう意味です。つまり、七歳から中学校二年まで、おれはそのひとと性的な関係を持っていたということです」
     俄かに理解しがたくて、わたしは多分、首を傾げた。
    「わかりませんか。誰かれに話していいことではないとは承知しています」
     それはつまり性的な関係を強要されていたということか。痛ましい告白に唇を噛む。けれど彼はわたしの抱いた憐憫を打ち消すように続けた。
    「おれが、誘いました。はじめこそ彼の手ほどきでしたが、次からはおれが誘ったんです」
     わたしは混乱のうちにありながら、懸命に何かを手繰り寄せた。たしか、性的虐待の被害者は時として加害者を好意的に思うことがあるといったことなどを。
    「おれのいた土地では、三つ五つ七つ、そして十三十九まですべて、夢見の儀式が残ってました。七つの時には、男女のからだの仕組みを習います。もとは十三だというはなしでしたが、今は成熟するのが早いからと。おれは、はなしだけでなく、このからだに触ってほしかった。他でもないあのひとに触れてもらいたかった」
     修学旅行前に男女分かれて説明されるようなことを、地方によっては十三の夢見式で語るという。それは知識のうえでは持っていた。だが、いまのはなしは……
    「それ以前にも自慰の経験はありました。おれは明確に、あのひとのことを想ってそうしてました」
    「それは……」
     知らないことではない。夢精する以前にも性的な妄想やそれらしき行為はたしかにあった。だが。
     だが。
     それは、しかし。
     オトナとコドモでは、それは。