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花うさぎ無計画発電所のことを語る

喪服
 
 制服をきてくるべきだった。あたしは一瞬だけ後悔した。みな制服をきていた。高校のクラスメイト、そしてクラス委員同士、そのご両親の葬儀。
 あたしは本来ならまとめ役をしないとならない立場だったけどその日はお稽古の発表会があった。それで仕方なく従兄に車で送ってもらい母のいうとおり喪服をきてお通夜にでた。
 ひとの視線には慣れている。あたしはこの土地のほぼ全域をおさめていた一族の末裔だ。家屋は文化財に指定され近くの社は我が家の先祖が奉献し裏山にある山城もかつて豪族であった証のひとつだ。今でさえ父は議員をしているし、あたしの名前を知らなくともあたしの名字はみな、知っている。
 けれど彼は、あたしを見なかった。一揖してそれきり。
 無理もない。
 あたしは、あたしだけは、彼の秘密をしっていた。
 事故のあった日、年上の美女と逢引きしていたことを。それと同じく、あたしも年上の男とホテル街にいたのだけど。それはまた別のはなし。あたしと彼ではその「経験」も違う意味をもつのは察していた。彼は「夢使い」になるのだから。一人前になるには性体験が必須なことを昔きいた。
 彼の傍らにはその師匠がいた。長い黒髪と黒紋付。まるで鴉のようなひと。
 こちらの視線に気づいて会釈する。あたしも軽く頭をさげる。
 七つの夢見式でお世話になって以来、特にその後も仕事の依頼をしたわけではなかった。本当は頼みたかったのだけど母がああいう古めかしい儀式のようなものを嫌った。伝統や因襲を守るのが好きなくせに呪(まじな)いじみたものだと忌避した。そういう母に、あたしは逆らわなかった。あのひとには初仕事だと後で聞いた。それが随分と素晴らしいものであったとか。あたしは酷い風邪をひいていたのが翌日には治ったことしか憶えていない。それから、あのひとの背中と。
 彼には、ああいう物馴れた師匠がいるのだからなにも心配しなくていい。
 あたしはあたしで面倒事を抱えていた。付き合っている男が高校生のあたしと結婚したいと言い出してうんざりした。先日も帰したくないと拘束されて蒼褪めたばかりだ。
 友人のご両親が亡くなったというのに、あたしはそのときも自分のことばかり考えていた。そんなじぶんがいちばんにいやらしかった。
 どうせもう清くはなれない。みなと同じ制服を着て畏まって座ってもいられない。
 ならば闇をまとうのも一興か。
 あたしは顔をあげて写真を見つめた。うちの子といっしょにクラス委員なんですってね、どうぞよろしくね、といった彼の母親の顔を。
 うちの母は、家にきた彼に値踏みするような視線を投げたことを思い出しながら。
 

 了
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またチャラっとかいてみた(こういうのはいくらでもかける、クオリティ気にしなければ)
ある意味、表裏のようなふたり >黒髪君といいんちょ
父親の影の薄さ、てのは、現代的なものなのかなあ、とおもったり
黒紋付に袴、なんでしょうが、音が邪魔だったので