「旅立たれた貴女様に、私がなにを書き送ればよかったのか考えてみたのです」
いささか唐突にも思えたが、先日、おれがいったことを気にしていたのだろう。しばし耳を傾けることにした。
「貴女様を励まし気遣うようなことを書きながら、私は一度たりとも自分の想いをお伝えしませんでした。今さら書いても詮無いことだと思いましたし、貴女様のご迷惑になると考えました。それだけはしてはいけないと戒めていたのですが……本当に貴女様が望まれていたのは、そちらのほうだったのですね」
黙したまま相手を見たが、彼にはそれで十分だったにちがいない。けっきょくのところ、おれはルネ・ド・ヴジョーとなら話が通じることに甘えているのだ。
あの当時、この男の前では泣いてばかりいた。おれが泣くと、自分の身を斬られたような顔をした。帝都はそんなに恐ろしいところではないし手紙を書くから寂しくないと口にしてぎゅっと手を握ってくれるので、おれは甘やかされるままに泣いていた。
帝都では、泣いている暇はなかった。目をしっかり開けて、誰が敵なのか、或いは味方なのか見定めて、誰からも貶められないよう高い位置につかなければならなかった。
「ゾイゼ殿の専横をこのまま許すおつもりですか?」
いきなり話を戻されて、おれは少々とまどった。彼がこの話を口にするきっかけを掴みたくてここに通ってきていたことは知っていたはずなのに、言葉につまっていた。
「姫さま」
いつの間にか、椅子の横に立たれていた。おれはそっと彼の顔から視線を外し、その体温を感じてあわてて頤をあげる。その位置に立たれると、よその国のことばを教わっていたあのころの記憶がよみがえる。
「……許すも許さぬもない。宰相はおれよりも上級聖職者で、実質的にこの国の政治機構の大部を掌握している」
「ですが」
ルネの双眸がいつになく真剣な色に変わるのを目にして、おれはゆっくりと唇の端をつりあげた。
「無論、このままでは終わらせないさ。おれは、《死の女神の娘》だ。たといその恩寵がこの見た目以外に何もなかろうとな」
「それでこそ、はねっ返りのエリス姫です」
無礼な物言いのしたり顔を睨みつけると、彼は心底うれしそうに目じりをさげた。
「ルネ、随分な喜びようじゃないか」
「ええ。ひさかたぶりに、貴女様の元気なお姿を拝見できそうですからね」
「おれはそんなに萎れていたか?」
「田舎暮らしを厭い、都落ちしたご自分をひたすら憐れまれて嘆き通しのようにお見受けしておりましたよ」
率直さには好感をもつが、あまりにひどい言い草だ。おれはそっぽをむいて言い返す。
「いまも田舎は嫌いだ」
彼は小さく笑ってこたえた。
「私はこの国が好きですがね」
「変わっているな。いや、ヴジョー伯家に生まれたそなたには当たり前か」
「私も昔は嫌いでしたよ。まして帝都で学んでいたころは故郷に帰りたくないとまで思いました。真実、あの地がこの世の中心でしたからね」
おれも、そう思っていた。
この大陸、否、この地上のすべての真ん中にいると信じていた。ましてやおれは、そのもっとも高みにいた――七つの丘、そこにある黄金宮殿の、皇帝陛下のすぐそばに。
「エリス姫、やはり私と結婚していただくわけにはいきませんか?」
歓びの野は死の色すのことを語る