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歓びの野は死の色すのことを語る

花 1

 女の人生は花のようなものでございます

 誰かがそんなことをいっていた。たしかにそうかもしれない。いや、かつてはそう思っていた。
 だが、花はものをいわない。手足もない。さらにはきっと、何かを考える頭はないだろう……とすれば、女は花のようではあっても「花」ではない。
 それにしても、本来なら帰国を祝う夜会だなんだと誘われるはずが、一枚も招待状が届かない。この国の貴族社会から完全に無視されている状態だ。
 かつての知り合いが向こうから訪ねてきてくれるだけでも有り難いと感じるほど、ひとに疎ましがられる身分になりさがったというのも腹立たしいが、正直なところ隣の部屋に待たせている男と顔をあわせるのは気ぶっせいでしようがない。
 おまけにそうして吐息をついて見あげた梁は、色褪せた花綱模様もそのままで、ことさらみじめったらしい気分になる。
  情けなや。
 表通りから聞こえる鋳掛屋の声さえも、ここではのんびりしているようだ。早朝とちがい物売りの声が重なることもない日暮れ時とはいえ、街の様子はしずかだった。
 じっさい、田舎なのだ。
 十年前は、このエリゼの街しか知らなかった。ここが、自分の世界の中心だと思っていた。おれはここで生まれ、そして死ぬ予定でいた。
 だが、今は違う。
 開け放した窓から風がはいりこみ髪を揺らす。それに首筋をなでられて肌があわだち、マントの前を思わずつかむ。栗鼠の毛に縁取られた羊毛の生地はいかにも田舎貴族の持ち物らしく継ぎがあてられていたが、丈夫で暖かい。かつての自分はこうしたものに取り囲まれて育ったはずだった。
 今年は四月になっても妙に寒いと聞かされた。昨夜しかたなく火をおこしたせいか、どうも髪がにおう気がする。ためしに一筋とって指の先に巻いてみると、やはり煙臭い。灰の匂いを消す香木でさえ、この街ではしみったれて陰鬱だ。
 どれほど贅沢になれきってしまったのかと我がことながら片腹痛い。さりとて「帝都に帰りたい」とさめざめ泣けば誰かが送り返してくれるわけでなし。晴れて自由の身になったというのに、これはいったいどうしたものか……。
 それに、もしも再び帝都に戻ることがあるとしたら、あのひとの崩御の知らせが届いたときのことだろう。
 まあせいぜい華々しく執り行ってやるさ。
 そう嘯いて、《死》を司る神官らしい顔をつくり、次の間につづく扉を開けた。
「姫さま」
 そういった男が今にも駆け寄らんばかりの勢いで立ちあがったので、
「そう呼ぶなと申しておる」
 きつく言いわたすと、彼はそこで足を止め真顔でこちらを問いつめた。
「では、いかように御呼びすれば」
「葬祭長とよべばよい。爵位はともかく、この街の第一神殿を預かるそなたの地位とおれのそれは、奉ずる神が違えど同等だ」
 太陽神を祭る長身の男の顔に、とまどいや苛立ちはない。よほど辛抱強くできているのだと感心する。さすが騎士道精神めでたきエリゼ公国の、名門ヴジョー伯爵家に生まれたことはある。
「御名前をお呼びするわけにはまいりませんか……」
「参らぬな」
 おれは相手へ着席をうながさず、ひとり勝手に腰かけた。
 人質として帝都にさしだされたエリス姫が「男」になって帰ってきた――そういう噂がたっていることは知っている。
 さもありなん。
 おれはここに帰ってきてから十日間、ずっと男言葉で通しているし、服装も兄のお古を着てすごしてきた。髪も結わず、肩口のところで断ち切った。およそ異形としか呼べない格好である。
 もしもおれがこの帝国領エリゼ公国の姫君でなく、またこの国でもっとも高い爵位を授与されているのでなければ追放ものであろう。
 そう、あのひとはおれに公爵位をくれた。餞別だと笑い、おれの父親と同じ位をまるで珍しい菓子でもくれるようなそぶりで話し、最後にこう凄んだ。

――そなたの真実の母である《死の女神エリーゼ》のようになるがよい――