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花うさぎのことを語る

  • ---『夢のように、おりてくるもの』 第三部エピローグ「夢の花綵(はなづな)」-----
  • 「わたしは夢使い。
     夢のように、おりてくるものにいつか、なる。
     そのときまでずっと、彼とともに、この街で生きていく。」

     なんてことを書いておいて、あなたがたふたりはその後すぐにこの街を旅立った。
     かねてからはなしのあった海外の大学へと。
     いったいぜんたい本当に、落ち着きがないというのかなんというのかわからないけれど。ほんとにすぐ、気軽に、身軽に、わたしにこの「家」を任せて。
     まあその、うちでは父と母が思った以上に仲睦まじいので、それはそれでありがたいんだけどね。
     しかも、先生はともかく、あなたほうはわたしに大量の文章をあずけていった。それがこれ、『夢のように、おりてくるもの』で、さっき、彼に読んでもらいたくてコピーをとりました。彼はわたしよりずっと読書家でこの国の言葉に敏感なので、たぶん好い批評をくれるとおもう。
     海外だから何があるかわからないから、なんていったけど、紙とデータでこんなものを渡されて、読まれないことを期待しないとは思ってないから、事後承諾だけどいいでしょう?
     それにしても、先生はこれを読んだの?
     じぶんの恋人がこんなものをかいていたと知って……でも、うーん、わからないな。
     先生って、あれでほんとに鷹揚だから。鈍いともう言うけど。きっと、じぶんの死後に発表する分には構わないとかすらっと言いそうな気がする。
     もっというと、それって、わたしに託された役目だったりするのよね、なんてこと!?
     まあでも、わたしも別に、かまわないかな。
     書かれることも、それを託されることも。

     あなたはそのために、わたしたちの名前を伏せたのだから。

     そして、わたしの先生は、わたしが一人前の夢使いになるのを見届けてこの国から出ていった。
     ねえ、今までないしょにしてたけど、先生ってば酷いのよ。朝帰りの顔を見たその瞬間、〈外れ〉るなら組合費はらわないだけのはなしだから、と言いのけてくれたんだから!
     あなた今、きっと大笑いしてるでしょ?
     それもらしくてイイんだけどね。
     だってそのあと、泣きそうな顔でおめでとうって言ったのよ、なんかもう、こっちがどういう顔したらいいか困るじゃない、ねえ?

     先生は元気?
     あなたとちがって慣れないところでストレス溜め込んだり食べ物があわなくておなか壊したりしてないか心配。でも内緒ね。先生かっこうつけたいひとだから。
     だんだん言葉に苦労しなくなってきたってこないだ教えてくれた。耳がいいからかな。
     じっさいは研究というより、ほぼ夢使い同士の交流がメインだからって。
     あなたのほうは教授から聞いた。本来のじぶんのテーマを追求してるらしいって。教授から聞いたけど、語りとか供犠とかなんだかこむずかしくてわからなかったよ。それにあなたのことは、ほんとうに何も心配してない。先生がそばにいる限りにおいては。

     夢で魘されないでしょ?

     先生がずっと、ずっと長いあいだ、それこと付き合いはじめからあなたに晏をおろしたくて、そのためにひっそりひとりで懸命に努力してるのをわたしも、先生の師匠も黙ってみてた。魘使いとして名声の高まるなか、誰にもなにも言わないで、じぶんの不得手なことをあなたのためにしてた。
     でも、あなたのためにって言うと怒るからわたしからは言わないんだけど。
     じぶんがやりたくて、つづけてたんだ、て。
     しかも、離れたらすぐにやめたって。
     本当は、そういうときにこそしなければならなかったのに、て。
     じぶんを愧じてた。

     先生らしくて、わたし、なんか妙な気持ちがした。
     たぶん、もう聞いてるとおもうから話しちゃったけど、いいよね?

     ああそれから、教授は鬼畜眼鏡な本性を発揮して、この春からセンターに勤める彼にきつくあたってて時々後ろから蹴ってやろうかとおもうことがあるけど、いちおう彼をおもってのことらしいので我慢してます。
     両親はさいしょにいったように、仲がよくてチョットどうにかしてほしいくらい。いまごろ蜜月みたいでまいっちゃう。いろいろあったからしょうがないけどね。あの祖父のせいで!

     彼はでも、わたしの祖父を尊敬してるって言ってくれる。
     あの国から亡命できたのは、祖父のちからだって。

     彼の養父母、つまり先生の師匠とその奥さんも元気です。というより、そうだ、これがメインでこの便りをかきはじめたんだった。
     わたしと彼、結婚します。
     あ、べつにおどろいてないとおもうけど。
     式もあげるから、そのときにはちゃんと戻ってきてね。
     わたしにドレスを着せたくて、あのひとがものすごく張り切ってる。じぶんの初恋のひとが義理の母親になるって変なきぶん。でも実は、うれしいの。うれしく思えるじぶんが、とても、うれしいの。

     あ、そうだ、お願いがあるの。お休みにおとずれたっていう西の果ての土地に咲くアーモンドの花の写真、彼がとても懐かしがってよろこんでた。引きのばして送ってください。データじゃなくて。写真上手ね。写真も、か。
     まあ、それはいいや。
     わたしの結婚式はパパがはりきると思うから、そこはあちらに花をもたせてね。

     たぶん、先生はしってるとおもうけど、わたし、昨夜この誓に晏をおろしたの。
     この東の果てにある花綵列島が文字通り花につながれてある。
     そんなふうだった。
     て、
     パパが、ね、言ってた。
     たぶんわたし、ちゃんと父親の「夢」をかなえたんだとおもう。
     だって、それはパパの大事なひとに似てるから。  
     
     ともかく、ちょうどこちらでもアーモンドの花が咲きはじめて、桜の便りも聞かれるようになったところです。今年は春が早くて、いつもよりずっと駆け足で、でも、それでもやっぱり春は春で、花は花です。
     
     先生にはあらためてお便りします。
     今日はあなたを真似て、なんだか「書く」ことに専念したくなったのでした。先生になる勉強はちゃんとすすんでるから心配しないでね。
     わたしの花嫁姿を見にかえってきてね。
     また会う日までお元気で!
     
     

     了