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歓びの野は死の色すのことを語る

細かな文様
15

「その調子で精鋭の皇帝軍ってえやつを貸してはくれませんかね」
「それは無理だろうな」
「あなたが頭をさげても?」
「あのひとは、一度たりともおれの願い事をきいてくれたことがない」
「じゃあ、大砲を使わんとならんのですよ」
「あれは禁じられたそうだが」
「やめろと言われて、そのままにできますか?」
「できまいが……長弓ならともかく、あれはそんなに有用なものなのか?」
 アランが小馬鹿にしたように鼻で笑って首をふる。
「見たことがおありで?」
「ああ。黄金宮殿にもあったし、父上が城に備えてあるのを見たことがあるが」
「黄金宮殿にあるものはともかく、この国の大砲なんざ、役に立ちませんよ。なにせ一発ぶっぱなしちゃあ、城壁が壊れるような危険極まりない代物ですぜ。まともな砲兵はいないし、よそから引っ張ってこようにも彼らは君主お抱えです、接触するのすら難儀ですよ」
「そのあたりのことはオルフェと話したのか?」
 うんざりした様子でアランがこたえた。
「話しましたよ。あの方は賢い方だ。そのくらいのことは十分に理解してる。ただし理解しすぎてこっちの予想の上をいく。可動式の大砲を、それを扱える砲兵ごと東の彼方から連れてこいっていう始末で、俺はほとほと手を焼きましたよ」
「たしかにあれは東の国のものだったな」
「ええ。それであなたの身柄と引き換えに、一式全部用意してくれるっていう奇特な人物が現れましてね」
 まさか。
「そう、そのまさかで、あなたの昔の愛人がこの大陸の西の端で最新式の大砲と、その技術をもった人間を連れて待ってるんですよ」
 では、先ほどの夢は先触れだったのだろう。
 皇帝陛下の弟君にして大陸一の資産家。そして、おれを囲った男……月の君。
 あの方が陸路をくるとは思えない。
「とすると、船であろうな?」
「ええ」
「月の君が来たのなら、奥方が亡くなったということか?」
「そのようで」
「東の人間が信用できるのか?」
「いや、それが、どうやら元はれっきとした帝都の人間らしい。東の人間の血もはいってるとの噂だが、真実天才だそうで、たしか名前が」
「サルヴァトーレか?」
「ご存知で?」
 嫌な予感にあごをひいた。
 月の君お気に入りの天才科学者だ。同時に、死の女神の仕事にけちをつける、慮外者でもある。なんでも「不死」の研究をしているといっていたが、大砲の扱いなら信用してもよさそうだ。
「受け渡しはレント共和国か?」
「ええ。ほんとはモーリア王国のほうが近いんですが、なにせ可動式大砲なんてえ目立つもんを運ぶのは困難だ。皇女様をお迎えに行くついでに、その一行にまぎれこませちまおうと思いましてね」
「それは難しいのではないか?」
 帝都の城に備え付けられていた大砲は、大木のように大きかった。可動式となるとどうなるのかわからぬが、あんなに目立つ鉄の塊を隠すのは容易ではないはずだ。
「組み立て式だそうで。長持ちに入れて担げるって話ですよ」
 おれは開いた口が塞がらなかった。
「それはつまり、火薬の威力があるということか?」
「そのあたりの詳しいことは俺にもわからんですよ。殿下はお詳しいですがね」
 男の口ぶりには、大砲を苦々しく思っていることが感じられた。
 そして、おれはというと、先ほどから気がついていながら認めたくなかったことを声にした。
「……オルフェが、おれを売ったのか」
 吐息をつくと、男が苦笑した。その顔は、それを事実と肯定していた。