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歓びの野は死の色すのことを語る

細かな文様
14

 となれば、宰相ゾイゼが何処まで知っていたか疑わねばなるまい。
 おれが干されたのはこのせいだったのだ。
 あんなふうに気遣わしげにおれを見送ったのは、口封じに殺されるなと身を案じられたせいだろうか。
 いずれにせよ、こうして正体を見せたのだから、この男はおれを生かしておく気はないのだろう。ならば何故はなしなぞするのか、また何故に女戦士たちを捕らえたままなのか、おれには見当がつかなかった。
 無駄なことをする質にも思えないとその顔を見ると、相手はおれを跨いだままこちらの頤をつかんだ。
「殿下とこんなに似ていると思ってもみませんでしたよ」
 ほとんど感嘆めいたことばに、おれは息をついだ。
「オルフェのほうがおれよりずっと綺麗だがな」
「あなた方は似たきょうだいだ」
 そのことばに眉をひそめると、男はおれの頤をもちあげた。
「あなたはとりすました顔しか見せちゃあくれないが、殿下は俺の下で凄絶に悩ましい顔で啼いてくれましたがね」
「兄を愚弄するなっ」
「賞賛したつもりですがお気に召さないようだ」
 おれが強く睨みつけると男はあっさりと手をはなし、寝台をはなれて松明を入り口に掲げた。それから長持ちの上に座り、どうにか半身をおこしたおれを悠々と見おろした。
 こめかみの傷がなければ、堂々たる美丈夫といってもいいだろう。
 昔からオルフェは何処か崩れたふうの男女につけこまれやすい。城勤めには相応しくないほど婀娜っぽい女に誘惑されて子を設けたこともある。女と子供は流行病で儚くなってしまったが、両親や兄たちは揃ってその将来を危ぶんだ。
 今にしてみれば、オルフェはたんに淋しかっただけなのだろうと口にできる。だが、あの美貌を駆け引きも何もなくまるで惜しいとも思わずに相手に委ねてしまえるのが、幼いころのおれは不思議だった。
「俺としては、神殿騎士を畑仕事に従事させるのは勘弁してほしかったですね」
 突然のことばに、おれは相手の顔へ向けて返した。
「何故だ。離散した町々の荒れた農地をそのままにはしておけまい」
「なんのための騎士ですか」
「『耕す者』たることを何故、忌み嫌う」
「階級をなんと心得て?」
「では、騎士にしてやるといって人間を売り買いするのが罪ではないと?」
 問いかけに、男は唇の端をつりあげてみせた。炎を背にした暗がりでも、それくらいは目にできた。
「俺は、彼らを『騎士』にしてやるとは言いませんやねえ。働き口を斡旋してやっただけだ」
「傭兵として」
「ええ。見込みのないものは傭兵として。使えそうなのは騎士にした。それのどこが悪いというんですか? あなたのお父上である公爵様をはじめ、この国のご領主方は飢饉のときにはそうやって凌いできたじゃあありませんか」
「たしかにそれは事実だ。だが、そうやって彼らを売った金は誰の懐にはいったか訊いている」
「そりゃあ、戦の準備のために」
「それでは本末転倒ではないか。民人を守るためのわれらが、彼らの命を売り買いして野盗へと貶め徒死にさせてなんとする」
 騎士団長は頬をかいて、おれに瞳をむけた。
「『傭兵』に、売ったんですがね」
「レント共和国国境付近で町を襲い農地を踏み荒らすただの野盗をそう呼べるのか?」
「あれは、モーリア王国の逃亡農民ですよ」
「ああ、その大勢はそうだろう。彼らを連れてきているのも、エリゼ公国の人間だという噂が真実なのと同じようにな」
 アラン・ゾイゼは舌打ちをしてこちらを見て問うた。
「何処の誰からそんな話を?」
「おれの密偵だよ」
「女戦士たちですか?」
「いや、それだけではない。皇帝陛下から借り受けたものたちだ」
 男の頬が、今までにない緊張に引き締まる。