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ぼくの命令に、神殿騎士たちはさすがに躊躇いをみせた。互いに瞳を見交わし、不審そうな顔つきで、ぼくを見た。打ち合わせの時点では、ぼくはアレクサンドラ姫を捕らえるように話してあったのだ。
「伯爵はぼくの許可なく国外逃亡の予定をたてています。証拠はそこに」
ぼくが机のうえを目でさすと、騎士たちのうち一人が進み出て、ルネが彼の領地の城代と彼の母上へ送った手紙をつかみあげた。
若い男が頬を紅潮させて熱心に文字を追う姿を見守りながら、ぼくは続けた。
「ヴジョー伯爵は昨夕から行き先を伝えずに神殿を離れ、今日になって女戦士と連れ立ってこの街に戻ってきたのです。
領地はともかく、この街にいる母君にまで女戦士を通じて手紙をわたすなどというのは、いかにも秘密めいています。詳細は不明ですが、モーリア王と通じているか、またはエリス姫失踪にも関係があるかもしれず、尋問の必要があります。
伯爵の剣をお取りして、城の地下牢に案内してください」
かの国へ旅立つ準備を整えてほしいという言葉は、モーリア王女と結婚しこの国を見捨てるという意味にも受け取れるだろう。
しかも、ルネは今日、神官の純白の式服でなく騎士らしい空色の上下に大きなマントを羽織り、剣をさげていた。
太陽神の神官としての服装ばかり見かけていた者たちには、ひどく奇異にうつったはずだ。それこそ、変装といってもいいほどに。
ぼくは「尋問」とした。
彼を罪人であると言い放ったわけではない。騎士たちも、納得しないわけにはいかなかった。
彼らはアラン・ゾイゼ団長の命令で新神殿に引き抜かれた生え抜きで、これが正式な初仕事となる。
その始めがこんな大捕り物であるとは想像もしなかったに違いない。
そしてまた、長らくひとの口にのぼってきたあの噂、ぼくとヴジョー伯爵が不仲であるというあの風説が、ここに新たな形で示されたことに感慨を持つことだろう。
エリスと伯爵の悲恋は、この街で知らないものはいない。
せっかくエリスがこの街に戻ってきたというのに、ぼくと宰相ゾイゼが揃ってふたりの仲を裂こうとしているという噂があることくらい、ぼくだって知っている。
口さのない連中は、ぼくが血のつながった妹のエリスに横恋慕しているという、ふしだら極まりない愚劣な中傷をした。エリスの男装までが、ぼくの嫉妬心による命令だという風聞には、さすがのぼくも声をあげて笑った。
どうやら、ぼくは徹底してふたりの仲を邪魔する悪役らしい。
ならばいっそ、それらしく振舞ってやると自棄をおこしたのも事実だ。
規則ですから、と騎士のひとりが口にした。
騎士はルネの剣を腰帯ごと取りあげた。
ルネはすこしも抵抗しなかった。ここで逃げては余計、立場が危ういと判断したのだろう。
ぼくは、一言も発せずに言いなりになる伯爵をうかがい見た。
するとルネは、ぼくの顔をまっすぐに見つめ返した。
それは自分が捕らえられるとは思ってもみなかったという表情ではなく、何故、ぼくがこんなことをするのか問うているようだった。
憤りも困惑もなく、ぼくの真意をくもうとするその瞳に、ぼくは無性に腹が立った。
何故、今になって、そんないたわりのある目を向けるのか……。
ぼくが支えてほしかったときに、ぼくを無視しつづけたくせに。
ぼくが見たかったのは、ぼくに陥れられたというルネの絶望で、こんな、こちらを憂えるような表情じゃない。ぼくはもう、誰にも同情されたくなんかないのだから。
ぼくはその視線をよけた。
彼を拷問しようと考えているわけではない。
ただ、事態が落ち着くまでしばらく幽閉しておくほかない。
この男に事件の指揮を取られることだけは避けなければならないから。
いや、エリスの居場所が判明したら、ぼくはルネに大いに活躍してもらうつもりだ。攫われた姫君を救い出すのに、これ以上うってつけの人材はいないだろう。
幽閉などして彼の矜持を傷つけてただですむとも思わないが、いまのぼくに出来るのはこれが精一杯だ。
アレクサンドラ姫がおとなしく縛についてくれるといいのだが。
そう考えた瞬間、彼女はこちらに突進した。