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歓びの野は死の色すのことを語る

外伝・空が青いと君がいった日(再掲すみません)

 ジャンがいったい何故、そんなところに女を連れて行くのか判じかねた。彼に限ってそんな事はないと思う一方、なにか揉め事になるのではないかとも考えた。彼がちょくせつ関係していないにしても、穏健なはなしには成り得ない。いざとなれば仲裁に入らなければならないかもしれず、わたしは足音をしのばせて人通りの少ない道を歩いた。
 はたして、待ち合わせでもしてあったのか、門のすぐそばには白いヴェールをかぶったほっそりとした貴婦人が立っていた。わたしは彼女に見覚えがあった。背中をむけたままのジャンはこちらに気がつかないでいたが、そのご婦人が視線を寄越したため、彼は振り返ろうとした。
 おそらく、わたしは酷く慌てた顔をしたのだろう。
 その女性はすぐさまジャンの名前を呼んだ。彼は弾かれたように背をのばして向き直った。つづいて驢馬から女性をおろし、その手をとってヴェールの婦人にわたし、それから深く頭をさげた。会話らしいものは何もなく、それでも滞りなく一連の手続きが終了したことがわかった。
 わたしは古神殿の壁に背をついて、ジャンが通りすぎるのを待った。
 ジャンはとぼとぼと歩いてきてわたしの前に立ち、挨拶も何もなく問うた。
「つけてたんですか?」
「ああ、すまない。悪かったと思う」
「あなたに素直に謝られると、やりづらいじゃないですか」
 わたしは苦笑のままで相手の仏頂面にきいてみた。
「遊びの付けを払わされたという様子でもないが?」
「違いますよ」
「言えないか?」
「何を」
「関係を」
「太陽神殿の信者です。ただし、うちの神殿じゃあ話せないことも、出来ないこともある。それ以上は、あなたも質問しないでしょう?」
「まあね。わたしには関係ない」
 ジャンはふうっと息を吐いて顔をあげ、わたしの冷淡さを詰るふうもなく漏らした。
「関係ないって便利なことばですよね」
「そうだね。わたしもそう思う。そのかわり、自分に関係あると思えばほうってはおかないよ」
「例えば何を?」
「君が、なにか事件に巻き込まれていないか心配したのだといったら、信じるかな?」
 ジャンが濃い眉をしかめてみせた。
「アンリさん、あなたのはただの好奇心でしょう」
「おや、見破られたね」
「からかうのはよしてくださいよ」
「からかってはいないよ。あの女性は縁を切られそうな誰かの愛人かな?」
「それ、なんであなたに教えないとならないんですか」
 真意を探るように用心深く睨みつける若者は、わたしとは違って無垢に見えた。
「次も泣きつかれるようなら、退けたほうがいい」
「どうして」
「女というのはそうやって同情をひいて、条件のいい男に鞍替えしたいと思うものだ」
「怪我して弱ってるひとに、よくもそんな酷いこと言えますね」
「わたしのいうのは一般論だ」
「一般論! 彼女のことを何一つ知らないくせにっ」
「君らしくもない。頭を冷やせと言っているだけだ。それに、何も知らなくても言えることはある。男女のことは他人にははかりがたいと、君は十二分に承知しているはずだ」
「……わかってます」
「頭でわかっているのと現実にできるのは違う。君はけっきょく古神殿にあの女性を引き渡しただけで、なんの仕事もしていない。断っておくが、わたしは傷ついた女性を手助けすることが悪いとは言っていない。君のことだからわたしの非番を見計らい、きちんと朝の作務を終えて出てきたのだろうが、困っている女性誰も彼もにそうやって手をさしのべては、君の身動きがとれなくなる。悪くすれば、なし崩しに女につけこまれるぞ」
 そこまでは神妙な顔をしてきいていた彼が、最後の一言で声をあげた。
「ご忠告いたみいりますが、俺は、誰かにつけこまれる隙があるくらいで、人間ちょうどいいと思ってるんですよ」
「ジャン?」
 わたしはその言葉を意外に思って相手の顔を見つめ返した。
「あなたを見てると、帝都学士院や太陽神殿で上に行くやつらのことを思い出す。でもね、いっときますが、そいつらは本当の天辺にはけっして上れないんですよ。自分のことばっかりで懐が小さいから、ひとがついてこないんです」
「それは、苦言かい?」
「いえ、嫌味です」
 わたしは声をあげて笑った。
 ジャンも、呆れた顔で小さく喉をならした。
 驢馬が、何がおかしいのかというように頭をこちらに回して欠伸をした。
「アンリさん、あの方を知ってるんですか?」
「あの方って?」