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花うさぎ無計画発電所のことを語る

十三

 あなたは色を売らなかったがゆえにコンビニエンスストアで働いている。魘使いとしての名を売っていくには色を売るのが手っ取り早い。教授が言うまでもなく、あなたは若くて魅力があるのだから、そうすればすぐにも上客がついたはずだ。
 それなのに稼げるはずの依頼を拒絶して、あなたは都会へと出て既定の額で夢をあがなった。口伝ての宣伝がいちばんの夢使い稼業において効率のいいやり方とは言い難い。それに、あなたからしたら必ずしも面白い仕事ではなかったかもしれない。
 理屈の上ではそれがわかっていた。なので、あなたと抱き合ってからも、おれはあなたに何かを強いる真似はしないようつとめてきたつもりだ。ところがじっさいは、あなたがそれをこうして口にするのだからおれは無言のうちにあなたを縛りつけている。しかも、もしもあなたが他の魘使いや〈外れ〉のように色を売るとしたら正気を保てる自信もない。
 それだけでなく、おれはあなたがそんなにもはっきりとあなたのあがないを分けられると考えていること自体が疑問だった。いや、あなたは分けられるとはおもっていない。そこを敢えて契約をもって貫き通す覚悟があると示しただけだ。それによりべつのところにかかるであろう負荷を、あなたがどう捉えているのかがわからない。おれはそれを尋ねられない。尋ねたくもない。知ってしまえば許されないことがあるということくらいは承知していた。だからこの今も、おいそれと何かを口にすることは出来ない。
 あなたは、おれの手を握る手にさらにちからをこめた。
「俺は暴力や性病その他のリスクを避けるためだけに色を売らないと決めたわけじゃない。それが夢使いへの差別を助長するかもしれぬ前時代的な行いだからしないわけでもない。いや、それは少し考えた。だがそれが決定的な理由じゃない」
 そこで言葉をとめたあなたは手を握るちからを少しゆるめた。おれは逆にその手をつよく握りこもうとして、やめた。この部屋の鍵をもらうまでの一カ月、あなたのことが知りたくて、あなたの言葉が聞きたくて、その本当の想いを分けて欲しくておれがしたあれこれが、けっきょくはあなたを酷く追い詰めて苦しめた事実を思い出した。あなたは口をかたく閉ざして黙りこみ、ついにはこの胸に手をついて拒絶したことすらあった。
 あのひとつき、あなたはおれに一度もあなたの叔母であるひとについて話したり尋ねたりしなかった。若くして家を出て〈外れ〉となり、事故死したとされるひとを気にしないでいられたはずもない。そして、あなたはそれを面と向かって誰かに尋ねたようすはない。
 けれど、おれはあなたが「記録」を閲覧したことを知っている。血の繋がった従姉や、ましてその夫であった人物になにも尋ねず、まだ研究センターではなかった場所にひとりでやってきて閲覧申請をしてそれを読むあなた――その胸中によぎった想いが何であったか、推し量ることはむずかしい。
 そこには〈外れ〉と呼ばれる者たちに典型的なトラブルの幾つかが記されていたのは勿論で、潔癖なあなたがそれをどう受け止めたのか、はたまたその始めからあなたが叔母の死因を疑ったから「記録」を紐解いたとも言えなくはなく、おれはおれでその心中を思い遣る以上のことはなにもできなかった。
 そんなおれに教授が教えてくれた。しっかりと落ち着いた態度でしたよと耳打ちし、おれの背をかるく叩いた。
 いっぽうであなたの叔父、センターの発起人である人物はあなたにそれを話すことはないようだった。おれはそれを黙って見守った。おれから話すことは何もなかった。
 いま思えば、何があろうとあなたから離れないと覚悟を決めてあなたの家に押しかけたおれと違って、あなたは自分の血筋に魘使いがいて、長年聞かされてきたとおり「ろくな死に方をしない」現実を否応もなく知りながらおれと付き合いはじめるに至ったのだ。大きな戸惑いをおぼえていたに違いない。それでいて、それをそうとはっきりおれに示したことはなかった。じぶんは魘使いだから迷惑になる、何があるかわからない、とはくりかえした。けれどあなたの叔母については一度たりとも口にしなかった。
 それは、あなたの弱さではなく、強さだとおれは信じている。
「俺は、俺のあがないをこころいくまで完璧に行いたいがために色を売らないと決めた。性行為をすればあがない主は間違いなく眠ってくれるかもしれないが、こちらには体力的にも精神的にも負荷がかかる」
 それは、ひじょうにあなたらしい言い分におもえた。おれの手を握り、おれの問いかけと不安を受けとめていながらも、それに触れずにじぶんの欲望だけを語るのは、いかにもそれらしく好もしかった。
 たぶん、おれは微笑んでいたのだろう。
 あなたはちらとこちらを見て、息だけでわらった。それから手を繋ぎ直すようにしてしっかりと力をこめた。
「俺は魘使いだ。たかだかこの肉体をこえることのない性行為ではなく、ひとと視界樹の仲立ちとなる〈あがない〉をして、この視界を廻らすために生まれたはずだ」
 言い終えたあなたはおれの手をふいにはなした。その言葉に聴き入っていたおれは反応が遅れた。再びあなたの手に絡めとられて耳にしたのが、いいかげん頤がだるくなるというぼやきだった。あなたに呑みこまれたおれは咄嗟に腰を浮かし、あ、という驚きの声を小気味よく聞きながら、その右脚をつかみ体重をかけてぐいと押し伏せた。
 なにしろまだ一度もあなたをいかせてもいないのに、その口に二度も気をやるわけにはいかない。あなたの手と口が離れたのはたいそう名残り惜しいが、慣れぬことをしてひそかに狼狽えているだろうあなたにこれ以上を望むのは本意ではない。
 おれの下にされたあなたはおとなしくなった。ふだんは互いに横になってするのを好むのにそのままでいるのは、おれの好きにさせてくれるらしいと察した。が、そう思う間にあなたは肘をついて枕を背のしたに押し入れた。どこまで負けず嫌いなのかと呆れたが、それもあなたらしくて悪くなかった。なので逆に下手に出てねだることにした。
「手でしてくれたらいいから、声は聴かせて」
 あご、だるいんでしょ、おれの大きいからと続けたら、太腿の内側を思いきり抓りあげられた。