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花うさぎ無計画発電所のことを語る

十二

 どのくらい、そうしていただろう。
 かんぜんに、おれのためだけにひらかれたあなたを前にして、ただもうみっともないほどにいきりたち、その足許にしゃがみこみ、手を触れるのもかなわず声も出せなかったおれにあなたが言った。
「……脱いで、ベッドへ」
 視線が合うと、それ、苦しいだろうとやわらかく瞳を細めてあなたはおれを手招いた。おれはたぶん、腰が抜けていたに違いない。じぶんでもおどろくほどふらついて立ちあがった。
 あなたは身体をおこし、おれのジーンズの前に手をかけた。らしくないほどに性急な手つきだった。おれはおれでシャツを乱暴に脱ぎ捨てた。そしてあなたがおれのものに唇を寄せる寸前にその頬をつかみ、ベッドに足をかけながらくちづける。シャワーも浴びずにあなたの口に迎え入れられると妙なふうに血が逸る。まして先ほどのあなたを見たあとではすぐにも達してしまいかねない。だから横になってとねだることにした。
 それを聞いたあなたは素直に心臓のある側をしたにして伸びやかに横たわる。さかしまに、背中がふたつの生き物になるよう身体をシーツのうえに辷(すべ)らすと、あなたの右手が伸びてきた。あなたを先にいかせたくて、見ないようこらえたが無駄だった。あなたの長く繊細な指が絡みつき、紅く濡れた舌が怒張したものをなぞるのをこの目で確かめないでいられるはずもない。
 ふだんなら、あなたはいきなりそこを掴んだり口に入れたりはしない。たいていは腰骨や腿の付け根を撫でさすりながら濃い叢に長い指を絡め、鼻筋を押しあてて、おれがねだるのを聞いてようやくそっと指で触れやさしく唇を寄せてくる。はじめのころは、あなたが男のものを咥えるのに抵抗があるのかと不安におもう瞬間もあった。それが、あなたの教わってきたやり方なのだと気づくのに少しばかり時間がかかったようにおもう。とはいえ、あなたはあなたの流儀からそうそうはみ出すようなひとでもなかった。
 それが今日はちがった。柔らかな口腔に深く呑みこまれてあげた呻き声を、あなたはさも楽しげに聞いていた。ほんとうに油断ならない。おれはあなたの腰を押し伏せて馬乗りになろうと目論んでいたはずがもう、されるがままになっている。しかもすぐに、待って、と頼みこんだ。限界だった。脚のこわばりをあなたの手がなだめるように優しく触れる。待って、ほんとに、とくりかえすとあなたは頭を動かすのをやめた。けれど口をはなさなかった。ただ、黒々とした瞳をあけておれを見た。それだけでもう、たまらなかった。
 次の瞬間、慎み深く睫毛を伏せたあなたに何もかも呑みこまれ果てた。視線ひとつで撃ち抜かれたおれは、あなたの喉が鳴る音を聴き、泣きたいようなきもちで息をつぐ。
 声も出せないくらい切なかった。
 心臓の高鳴りとべつに、からだのいちばん深いところにどうしようもない痛みがある。苦しくてたまらない。おれは、ただひたすらにあなたを見つめ、その濡れた肌を撫で、荒い息をついでいる。
 それなのにあなたは、そんなおれを見つめながら瞳をほそめた。それから、たしかにあなたの口へと欲望を吐き出したはずのものが、天を衝く勢いでまだ目の前にある事実をあなたらしい態度で指摘した。 
 おれはそれに肯いて、その解決策を提示する前にたずねようとした。あなたを信じていなかったわけではない。しんじて、何もかも委ねてしまったように思ったから確かめたかった。
 おれが、そこに手を触れただけであなたは察した。内腿の紅い痕に指の腹をそっと押しあてて視線を投げただけで、言いたいことを完璧に理解した。
 互いの頭の距離が離れているのを、あなたがどう思ったのかわからない。逆さまに絡み合う二匹の獣の恰好ではなすのに相応しい話題ではないと感じたのかもしれない。あなたは身体を起こそうとして、けれどすぐに元の姿勢に戻した。そのしなやかな肢体をまっすぐに伸ばし、平らな声で告げた。
「俺は夢使いであって、依頼人の恋人や愛人とはちがう。そんな契約は結ばない」
 その理屈を、あなたがどこまで信じているのかわからなかった。否、信じる信じないでなく、つまりは貫き通す覚悟があると告げている。それくらいのことは、わからなくはなかった。
 あなたは、おれの独占欲のあかしを華客が目にすることはないと説明したつもりなのだろう。だがそれは逆説的に、おれが抱える不安を肯定してしまっている。おれが傍らにいること自体があなたのあがないの障りになり得る。否、もうすでになっているから華客は教授に連絡を入れたのだ。
 あたまを抱えそうになっていた。そんなおれが、あなたの肉体におのれの執着を刻もうとするのはあまりにも傲慢で愚かしく、あなたに甘え過ぎているようにおもえて仕方ない。
 おれの無言をどう受け取ったのか、あなたはおれの手をつよく握った。