id:florentine
花うさぎ無計画発電所のことを語る

十一

 指の動きに合わせてあなたが上擦った断続的な呻き声をあげている。その切ない声を聞くだけでたまらなくなる。ジーンズを押しあげるそこが痛いほど張り詰めている。けれどいつもと違い瞳をとじたあなたはどこか上の空で、与えられる快楽をただ引き受けているだけのような顔をして、それでもやめろと言わないでいた。
おれが与えたいなどと言ったからだろうか。それとも先ほどつけた痕が気に入らないのか。その両方か。
 あなたの手はあいかわらずおれの服をぎゅっと掴んでいる。脱がすことは諦めたのかもしれないが、服を脱がない依怙地なおれを愛撫するのも癪だと考えてのことかわからない。あなたの手はとてもやさしい。おれには少し物足らないときもあるくらい繊細に動く。今はでも、それを欲しいと願わない。
 あなたは、ベッドの上ではなるたけ全て隠さずおれに伝えてくれようと努力してくれているけれど、何もかもを話すようなひとではない。それはおれも同じだが、否、人間だれしもそうだろう。それでも、あなたが話したくてもはなせないのか、その必要がないと判断しそうしているのか、そうと確信をもてるほどあなたを知りたいとおもっている。
 手の動きを徐々にゆるめ、完全には止めずにあなたの様子をうかがった。意図を察したあなたは目をあけた。瞳があって、おれはたしかにあなたをしっかりと捕えたと感じたはずだ。ところが、あなたはまた思索の底にしずむように目をつむる。それを拒絶とは感じなかった。何故ならあなたの眉は悦楽のためにこころもち寄せられていて、切ない吐息をもらす唇はくちづけを待ち受けるように薄くひらかれている。おれはさらに指を動かしてあなたが顔を歪ませて泣きわめくほどの快感を与え、喜悦の声をあげる口を貪りたくてたまらなくなる。
 あなたを好きだから、あなたを歓(よろこ)ばせたい。あなたの何もかもをおれのものにしたい。始まりはどうしようもなく単純すぎるほどの欲望だったはずだ。それがいつの間にか、おれ以外の人間があなたに触れるのを許せなくなり、あなたに想いを寄せるのさえ、不愉快でしかたがなくなった。その傲慢にはさすがに気づく。それにあなたは夢使いなのだから、いくら色を売らないと言い張っても依頼人はそれを望む。たとえその謂いを受け入れたとしても、あなたを想像のなかで、否、それを戒め望まなくとも夢のなかで犯すだろう。
 おれにはわかる。
 いや、おれがそうだったというだけのはなしだ。
 見も知らぬ相手にとらされていたあなたの痴態を思い浮かべては下腹に籠る熱にどうしようもない瞋恚(いかり)がこみあげた。どうせ淫夢を見るのならおれがあなたを犯すほうがずっといい。そう願っていたはずが、じっさいに見た朝は自己嫌悪にうちひしがれた。おれは、あなたから依頼人と寝ないと聞かされる前に勝手にあなたを童貞だとおもっていた。そのくせ、誰とでも寝る初恋のひとの面影を負わせていたのだ。ましてあなたに目の前から逃げられるまで、それに気づかなかった。
おれは潜らせていた指をそっとしずかに引き抜いた。あなたはおどろかなかった。ねだりもしなかった。おれが何か言うのを待つような表情で息を吐いた。
 その顔を見おろしていったい自分は何をしているのだろうと考えた。おれはただ、あなたにおれを感じてほしかっただけだ。あなたから奪うのでなく、ただひたすらに与えたかった。けれど、そこに裏打ちされた想いはただたんにおれの不安、自信の無さでしかない。まだ学生で、金もなく力もなく、将来さえ不確かだ。あなたに何もあげられない。その負い目がこんなことをさせた。
 堪えきれず、あなたの頬に手をあてた。
 謝罪の言葉を口にする前に、あなたはそれを視線でとめた。それからしずかにおれの服から手をはなした。
 脱げと命じられるのかとおもった。
 だからそれを黙って待った。 
 するとあなたは両腕をふわりとおれの目の前へ掲げた。あなたの白い手がかろやかに、やわらかな弧を描いて立てられたままの膝へと降ろされた。そしてすぐに、あなたの手と、その両脚にちからが漲るのがわかった。
 あなたは、おれがそれをそうと知ったのに気づく。その頭が髪を揺するようにして斜めを向く。そのときあなたの面に浮かんだ表情を何と呼んだらいいかわからない。わずかにその瞳が伏せられて翳がさし、頬に朱が散っていた。幾らかの躊躇(ためら)い、それとも気後れ、いや、あなたは本来おそろしいくらいに大胆なひとだ。だからそれは惧(おそ)れや羞恥の貌(かお)をした、おれを煽るための純粋な媚態としての焦らしに違いなかった。
 目の前で、そう、おれの眼前であなたの四肢が左右にひらかれていく。おれはあなたに射抜かれたまま、それを見た。みせられた。ほとんど優美といっていいほどの温柔なありさまであなたというひとがひらかれていくのを感じた。
 そして、何もかもが伏せられたとき、あなたは頬をシーツにつけたまま大きく息をついた。自身に満足した証しのようだった。ややあってこちらをまっすぐに向き、挑むような眼でおれを見た。
「内腿なら構わない。好きにしろ」
 おれは心臓を烈(はげ)しく鳴らし下腹部の熱に焼け死にそうな想いでそれを聞いた。