id:florentine
花うさぎ無計画発電所のことを語る

 これからすることの了解をとるつもりはなかった。けれど、おれを見るあなたの無防備な姿を意識してしまってはこのまま無体をするのはいくらなんでも非道だと思い直した。あなたの脚のあいだに身体をわりこませさすがに熱いのでセーターを脱ぐ。そのまま覆いかぶさって額にくちびるを落とすと、あなたの手が服の裾をつかんだ。その手をシーツに縫いとめて何か言おうとする唇を塞いでしまう。
あなたはふだん上から順に、ごく丁寧にお行儀よくおれを愛撫する。あなたらしく上品で、それは悪くない。だからおれも、余裕のあるときはそうする。楽々とあなたが迎え入れてくれるから。その反面、あなたを慌てふためかせとことん意地悪をして困らせてやりたいともおもう。
 あなたはどこもかしこも感じやすい。けれど耳は服を脱がさなくても触れられる場所で、だからおれはときどきコンビニのロッカーであなたが怒った顔をするのが見たくて悪戯をする。いまは頬や首筋にはりついた髪を指でよけながら舌と唇で思う存分もてあそぶ。滅多なことでは歯は立てない。たとえあま噛みでも痛がるかもしれないと避けている。そのいっぽう、あなたがおれの肌に爪を立て、引っ掻き、声を押し殺すためにこの肩や指を噛むのはよろこんで待ち受ける。研修で遠出する前日ともなればおれは標をつけて欲しくて責めたてる。それをせがみはしない。しないよう気をつけている。
 舌を這わせつづけるとあなたの呼吸が切なげに速まっていく。あなたの手が服を脱がそうとあがくのでそれを掴んで自分の背へ廻した。喉から鎖骨へと痕のつかないように吸いつきながら、あなたには襟の高い服が似合うとおもう。あの黒いドレスシャツにかわるものを贈りたいと考えて、それはじぶんの嫉妬心でしかないと正気になる。
「胸はじぶんでして」
 そう言いながらその腰を抱えて向きを変え、ベッドをおりた。からだが離れたことで物足りなさそうな顔をしたあなたはたぶん、次の瞬間おれの思惑に勘付いた。その眉が、わずかに顰められるのをおれは見た。あなたはおれを見つづけていた。おれはあなたの左膝を掴んでゆっくりと肩にかける。それから膝のすぐ上の内腿に唇を寄せて強く吸う。あ、という声があがる。あなたはその声に自分でおどろいていた。痛い、とおれは尋ねた。なるたけなんでもない声で、けれどとても大事なことだという意を含ませて、けれど唇は皮膚に触れさせたままこたえを待った。
 あなたは、おれの目をのぞきこむようにして見るのをやめて、ふと何か考えるように目をとじて、そのまま白い喉をのけぞらせて胸を上下させていた。おれはあなたが何もかもを曝け出している姿に溺れそうになりながら、そっと片手をあなたの下肢のあいだにもっていき、わざとその中心を避け、そのしたにある睾丸の重みをたしかめるように愛撫した。唇から洩れる声だけでなく、全身をわななかせてあなたがそれにこたえた。おれはそれに気を好くし、さきほどよりさらに上に吸いついて、痛くない、ともういちど、さっきよりはっきりとした声で尋ねた。
 あなたは目をあけて、おれを見た。
 あなたはきっと、ベッドからおりたおれがその脚のあいだに顔を伏せるものとおもっていたのだろう。すぐさま口に含まれる愉悦を期待していたかもしれない。おれは手をやすめず、けれどその膚から唇をはなしてあなたの瞳をまっすぐに見つめた。
 過去にも、あなたの最奥のすぐそばに口づけの痕を残したことは幾度かある。ただしそれは本当に誰にも見られない処でひとつ、多くてふたつくらいだった。おれは今、すでにふたつ、膝より拳ほどしか離れていない場所に痕をつけた。あなたはしばらくプールで泳ぐことすらもままならない。そういう場所だ。
 あなたはしばらく無言でおれの凝視を受けとめて、この手の動きに声をあげないよう口を押さえていた。おれはあなたの足をいったんおろし、その手をはぎとって指で唇をわりひらきながら言った。
「両隣とも留守だから。舐めて濡らして」
 あなたは瞼をとじて従順におれの指を迎え入れ舌でねぶった。はじめてあなたに手指を唇と舌でなぞられたときの亢奮をおもいだす。あなた自身がその繊細な手を愛撫されるのが好きなのだともしっている。温かく柔らかなそこから指を抜き取ってすぐ、あなたが問うた。
「なぜ脱がない」
 おれは苦笑で首をふった。さらに問い詰めようとしたあなたの唇を覆う。舌をさしいれながら指をあそばせ、呼吸をはかりながらゆっくりと、ゆっくりと沈めていく。くぐもった呻き声を口腔で受けとめてあなたの内側を味わい尽くす。身体から力が抜けていき、あなたは喘ぎあえぎ、それでも質問をくりかえした。
「あなたに与えたい」
 その耳のうえで囁いた。あなたはおれの目をのぞきこもうとした。おれは、そのまぶたを唇でおおって指を増やした。のけぞった喉に黒髪がまとわりつくさまに息をのむ。ほんとうはそこにこそくちづけの痕を残したい。そう望むじぶんを遠くへ追いやるように目をとじる。あなたの姿は刺激が強すぎると半ば文句をいうように囁きながら。