id:florentine
花うさぎ無計画発電所のことを語る

 あなたの髪を一筋すくいあげてくちづける。その瞼がわずかにあがる。とても眠いという顔をしていた。けれどそうは訴えなかった。だから艶やかな黒髪を指で梳きながら体重をのせた。あなたはおれの様子が違ったことに気づいて目をみひらいた。その睫毛を唇ではさんで瞼をとざす。感じてて、と言葉を流しこんでからあなたの両耳をゆっくりと塞ぐ。あなたは、あ、という慌てた顔をした。でもその腕も脚も布団のしたで、おれが押さえつけてある。
 あなたはおれの企みに気づいて唇をかたく閉ざしている。眠いのにこんなふうなやり方で起こされて不機嫌なのだ。その寄せられた依怙地な眉にそそられてたまらない。だがおれは、だからこそ急がない。啄ばむようなくちづけをくりかえしゆっくりと、ゆっくりと、あなたの口をひらかせる。
 その、わずかな隙間をこじあけて今すぐ思うさま蹂躙したい気持ちをおさえこみ、あなたの唇の紅(あか)さを愛でるように舌先で舐める。あなたのほうから迎え入れてほしいと願いながらも、このまま押し入ってしまいたい衝動に揺れている。あなたはおれを睨(ね)めつける。ほんとうに眠りたければあなたはやめてくれと言う。おれはそう頼みこんだし、あなたもそう努力してくれた。だからそのまなざしはただ、おれを焚きつけるためのものでしかない。
 あなたの両耳を覆い髪に手をさしいれたままその唇を強引にわりひらく。耳も頬も髪もまだ冷たい。けれどあなたの舌は熟れた果実のように甘く、とてもあたたかい。逃げ惑うそれを追い詰めて舐めあげるとあなたは観念したように目を閉じる。あなたの口腔を容赦なく犯すおれの息遣いと自身の喘ぎ、その長い髪が枕に擦れる音すらも今、あなたを苛んでいる。わざと濡れた音をたてて責めたてるとあなたは首をふり、のけぞって逃れようとするがおれは両手をあなたから離さない。まして上から退くつもりは毛頭ない。
 狭い風呂場で身動きのとれないあなたに同じことをしたときも、おれはあとでさんざん仕返しされた。あなたをこんなふうにすることも、あなたにそうされるのも、おれはほんとうに好きなのだ。
 朝方は、おれがあなたを襲うように抱く。でなければ、あなたが焦れて泣いて怒り出すこともあるくらい時間をかけて執拗に愛撫する。ふだん自分からは滅多に抱きついてこないあなたが喜悦に髪を振り乱し我を忘れてしがみついてくると、このまま死んでもいいと願うことがある。夜はあなたが、初夜にのぞむ姫君を相手にするように優しくおれを押し伏せる。あなたは夢使いのせいか、音に敏感に反応する。おれが声をあげるとそれにも亢奮した。おれはそういうあなたに煽られてみだりがましい欲望をあなたへと囁いて、さらによろこびを深くする。
 昼は、そう、今のようなときがとてもスリリングだ。
 あなたはあなたで主導権を譲り渡すのを嫌い、おれはおれであなたをこころいくまで喘がせたくてたまらない。そこでちょっとした諍いじみた攻防がある。切々とした懇願と甘やかな力技がくりひろげられ――今みたいに、だいたいはあなたが根負けし――お互いを抱きしめる。
 掌に触れるあなたの耳が熱い。ふだん乾いて冷たいあなたの肌が急激に熱をもち、おれの手を待ち望むように濡れていく。あなたはもう抗わない。だからおれは寒がりのあなたのために念のため暖房をつける。それから掛布団をはぎとってその身体の横にすべりこむ。うっすらと汗をかいたあなたの肌にはりついたパジャマの前を寛げて、その両手首をひとつ手につかみ枕の向こうへと押しやった。そうして無防備にひらいた青白い腋に顔を埋め、あなたの匂いを吸いこんだ。ほとんど翳りのないそこに鼻梁を押しつけて丹念に唇を這わせるとあなたが小さなうめき声をあげて身をよじる。
 胸はあなた自身で触れてもらいたかったので素通りし、下着ごとズボンを剥ぎとると、さすがにあなたは文句をつけた。おれはまだ、ジーンズどころかセーターさえ脱いでいない。
 上だけパジャマを着たあなたがおれの服を脱がせようと身体を起こしかけたところで声をかけた。
「じっとしてて」
 あなたはおれの顔を見た。
「お願い」
 じぶんで思っていた以上に切迫した声がでた。
 あなたは何か悟ったようだ。しずかにからだを倒し、ひとつ大きく息を吐いてから慎ましやかにまぶたを伏せた。