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花うさぎ無計画発電所のことを語る

 プレゼントを用意した時点でおれはかなり舞い上がっていた。あなたはきっと巧く切り抜けるだろうと楽観した。ところが、翌朝あなたは予定の時刻に帰ってこなかった。
 あなたがおれに合い鍵を渡したときの条件は依頼に出ているあいだ緊急のこと以外で連絡をくれるなということと、もし予定時刻をすぎて連絡もなく帰宅しなかったときは二十四時間後に警察でなくまず師匠と店長に連絡をいれることだった。
 昼まで待とうと決意した。午後はゼミがある。あなたはおれが大学をサボるのを嫌った。
 おれはあなたを信じる。
 信じて待つ以外することはない。
 正午をまわってすぐに、あなたから電話があった。込み入ったはなしになって連絡ができなかったと。少し眠って夕方また依頼に出る。会えるのはたぶん、明日の朝になる。
おれが黙っていると、すまない、とあなたが口にした。なんとこたえたらいいかわからなかった。声の調子は落ち着いていた。何があったのか尋ねてはいけないと、それだけは理解できた。あなたの自尊心を挫くようなやり方で何か問うていいはずもなかった。あなたはあなた自身のちからで問題を解決し、こうしておれに連絡をくれたのだ。だからおれは、ただあなたを待てばいいだけだ。
 おれは目をとじた。耳におれの声が触れるのが心地いいと微笑んだあなたの顔を思い出しながら囁いた。
 今すぐあなたを抱き締めたい。
 俺も、という聞こえないくらい小さな声が続いた。それから、ひとだんらくしたら温泉にでも行こうと柔らかな声であなたが告げた。おれはうんと頷いた。それで充分に通じ合ったと思っていた。
 その後ほとんど眠らないままゼミに出た。
 教授はおれの顔をみて眼鏡の奥のひとみを眇めた。休むかと思っていましたと言われてはじめて気がついた。あなたは何もかもすべて話したわけではないのだと。いや、そんなことはわかっていた。おれは十二分に理解していたはずだ。
 教授が一冊の本をさしだした。衣服の贈与、三晩連続の「あがない」と饗応――古の婚姻の儀とよく似た仕来たりは夢使いを家へ迎えるときの典型だ。
 教授はおれでなく、窓の外をみて呟いた。
「私たちはもしかすると、この視界が変わりいく途方もない時代に生きているのかもしれませんね」
 唐突に過ぎて意味がわからなかった。そうと察した教授は今度こそしっかりとこちらを見た。
「夢使いの在り様が変われば、当然この視界は変わりますよ。私たちはそれをもっとも間近に知る者になる」
 おれはそれを知らなかったわけではない。心中でそう言い聞かせた。それを知ってか知らずか、教授が目を伏せて続けた。
「帰っていいですよ。卒論指導より大事なこともあります」
 おれは駆けだしていた。