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花うさぎ無計画発電所のことを語る

 研究室をあとにして街へでた。イルミネーションで飾られた街路樹を見て、あなたにマフラーを贈ろうと思い立った。寒がりのあなたが喜びそうな、軽くて暖かくて、何よりもあなたに似合う綺麗な色のそれを。
 おれが仕送りをもらっているのをあなたはよく知っている。同じコンビニで働いているので収入がいくらになるのかも隠しようがない。シルクのパジャマをプレゼントしたときもあなたは顔をしかめた。それが稼ぎに見合わぬ贅沢なモノだと感じたせいもあるだろう。
 色男と揶揄(やゆ)されて腹が立たなかったとはいわない。あなたより年下で、学生で、その言葉通りに金も力も何もない。それなのに、いやそれだからこそ、嫉妬心まるだしでプレゼントを贈るのはあまりに恥ずかしい。あなたに、カッコ悪いところを見せたくなかった。きっと、ふだんのおれならそう考えてじぶんを抑えこんだに違いない。
 けれどそれはもうやめた。
 おれはあなたの傍らに自分を割りこませた。あなたは一生独りで生きると決めていたはずだ。そのせいか、あなたはおれと関係をもったあとも、おれを本当の意味で受け容れようとはしなかった。おれに合鍵を渡さなかったあのひとつき、あなたがどんな気持ちでいたのかおれにはうまく想像が出来ない。あなたはおれをトラブルに巻き込みたくないと口にした。魘(えん)使いはろくな死に方をしないとも言った。それを聞いておれがどんな気持ちになるのかあなたは少しも理解しようとはしなかった。あなたは自分の想いのなかに閉じこもり、どうしようもなく頑なで、おれはおれでそういうあなたに煽られて焦れまくり、余計にあなたを追い詰めた。今だから言うが、店長がそれとなくあいだに立ってくれていなければおれたちは一緒にいられなかったかもしれない。
 そうしたあれこれを乗り越えて、あなたは今、おれといる日々をとても自然なこととして受けとめてくれている。それだけでなく、おれがじぶんの家へ本や荷物を取りにいく中途半端な生活を厭(いと)い、広い家を買いたいとまで申し出てくれた。
 あなたはそれを、あなたの師匠が結婚した日に口にした。おれは、あなたの大胆さに内心少々おどろいた。あなたにそのつもりがあるのかどうかわからないけれど、あなたはこちらの想像をやすやすと超えて、おれを目眩(めくるめ)くほど愉(たの)しませてくれる。このまま息絶えてしまいたいと願うこともあるくらい、おれはあなたに夢中だ。
 だから、あなたのような恋人をもったおれはひとから邪魔者扱いされて当然だとおもっている。そういう意味でも、あなたの依頼人におれの素性が知られるのは一概に悪いこととばかりは言えなかった。向こうがおれに会いたいというのなら、むしろおれは歓迎する。おれはそのために研究職を選んだはずだ。じぶんには少なくともセンターという後ろ盾がある。夢使いの歴史を学び、彼らについての知識も吸収している。つまり、そう嘯(うそぶ)くことができるだけの立場がある。
 あなたと一緒にいるために利用できるものがあれば何であれ、そうする。おれはあなたから離れない。なにがあろうと絶対に。
 ふと、思う。あなたはおれのこういう気持ちをどこまで察しているだろうと考えると苦笑しか浮かばなかった。おれも言わないせいもあるけれど。
 なんにせよ、おれはあなたへ花のように綺麗な色のマフラーを贈る。