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花うさぎ無計画発電所のことを語る

 十二月も半ばのことだ。あなたはその日珍しく、夕方から出ていった。いや、本来ならそれは珍しいことではなかったはずだ。けれど例の依頼人はあなたを昼間独占してきた。それがその日はちがった。とうとうその依頼人と一晩過ごすことになるのだとおれは正直気が気ではなかった。
翌朝、黒のドレスシャツをきて帰ってきたあなたは開口一番、店で着替えさせられたと説明した。 おれは肯(うなず)いて、そのままあなたを強く抱き寄せた。
 あなたの懊悩(おうのう)が胸を焼いた。嫉妬ではなく。
 いや、それは嘘だ。
 おれがあなたに絹のパジャマを贈ったのと似た理由で、その依頼人はあなたにシャツを着せたのだ。それが容易に想像できた。できてしまった。だからあなたの耳に囁いた。今日は先に風呂に入ろうと。
 依頼を終えて明け方に帰ってきたあなたはおれに抱かれるのを好んだ。おれもあなたを欲した。一晩、おれ以外の相手と過ごしたあなたを襲うように抱いた。依頼人のために眠らなかったあなたを眠らせるために。
 おれはそのとき、あなたの肌を覆うシャツを剥ぎとる手が乱暴になるのを懼(おそ)れた。あなたのすべてを暴きたて酷く責めてしまうのを止めたかった。
 あなたの身体を掌で洗い清めた。息のあがったあなたはそれでもおれにねだろうとしなかった。シャワーをとめたおれをあなたはただ切なげに眉を寄せて見た。おれはあなたの前に跪き、あなたの淡い翳(かげ)りを指ですくった。その背が壁につく。逃げ場を失ったあなたの中心を口にふくむ。あなたの手がおれの髪を撫でまわす。はじめてのとき、おそるおそる触れた場所に指をあてがう。くぐらせる。あなたが声にならない声をあげる。あげつづける。浴室に狭まって苦しげな息遣いが凝っている。あなたは片手で声を殺し、おれの口へと精をはなった。壁に背をついたままあなたはしゃがみこむ。おれは力を失ったあなたの身体を抱き寄せる。このまま、おれ以外誰も知らないあなたのそこへ自分をうがち、揺すり、あなたを死ぬほど喘がせたくなる。けれど、そうしない。そう、しない。
 あなたはおれを見た。
 不思議そうな顔をしていた。
 それは、そうだろう。おれの昂ぶりはあなたの平らな腹へ押しつけられたままなのだから。
 おれは苦笑をあなたに見られないよう気をつけながらその耳に囁いた。
 はじめてのときみたいに、して。
 あなたはすぐに意味を悟った。そしておれの顔をのぞきこみ、あなたらしい不敵な笑みを見せてこたえた。
 足腰立たなくなるのを覚悟しろ、と。

 先に目を覚ましたのはおれのほうだった。あなたは眠らないままひと仕事終えて帰り、おれを念入りにいたぶって疲れ果てて意識を手放した。おれはといえばあなたに解放され尽くしたせいか、じぶんの奥底にあるものを見通せるようになっていた。

 おれは、あなたに愛されている。
 必要とされ、こうして抱き合って眠ることができる。あなたの声を聞き、同じものを食べ、あなたの瞳にじぶんがうつるのを当たり前のように受けとめて、いっしょに暮らしている。
 一年ほど前、あのコンビニで同じ店員同士としてあなたと知り合ったのでなく、何かのきっかけで夢使いのあなたを知ったのだとしたら、おれはあなたを「じぶんのもの」にしたくて何をしただろうと考えた。
 じぶんの想像のなかでまで綺麗事は言わない。おれがあなたを抱いたのは、あなたの初恋のひとに嫉妬したからだ。あなたが、女のひとと結婚できるひとだと知っていたからこそおれは自分の欲望をあなたに押しつけた。
 だから、あなたに贈り物をし口説き落とそうとする依頼人とおれの違いは、ただあなたの気持ちひとつでしかない。
 おれはあなたの依頼人たちに嫉妬することはあっても、彼らを非難することはできない。してはいけないと思ったのではなく、できないと感じた。
 深く眠ったままのあなたを見つめた。このところ憂い顔しか見ていなかったためか、子どものように安らかな寝顔にほっとした。
 おれは、あなたのそばにいられたらそれでいいのだ。他には何もいらない。ほんとうに。