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花うさぎ無計画発電所のことを語る

ちょっと、無茶をするw
今までも書きあげてないものを連載してったんだからもうイイじゃん、的に。
でも、小咄こそ完成度が問われるのだがもう、とりあえず「始まり」が決まれば「終わり」は見える、ということをカルヴィーノ様に諭してもらったのでそれを信じることにした。

小咄「マフラー」

 一

 はじめは黒のカシミアマフラーだった。
 十二月にはいってすぐの金曜の夜、あなたはそれを巻いて帰ってきた。そして、おれに見られて顔を背けた。その前日から急激に冷え込んで、あなたはコートの襟を立て紺のウールのマフラーをして出かけたはずだ。それはバッグのなかで畳まれていた。あなたはそれを取りだして、手洗いするものは他にあるか尋ねた。ないわけではなかったが、おれは首を横にふった。
 光沢のある柔らかな黒のカシミアは、あなたの長い髪と青白い肌を引き立ててとてもよく似合っていた。似合いすぎていたくらいだ。おれはあなたが着替えて洗面所にひっこんだあと無造作にハンガーにかけられたそれを眺めた。褒めればよかったと後悔した。あなたにまたひとり、上客がついた証なのだから。
 あなたが依頼人から贈り物をされることがあるのを知らないわけではなかった。おれたちはもう半年ちかく一緒に暮らしている。夢使いは依頼の報酬を金銭で受けとるだけでない。場合によっては生活の面倒をもみてもらう。それがひとつの伝統でもあった。
あなたがこの街に出てきてちょうど一年がたち、こうして高価な贈り物をしてくれる依頼人がついたのだ。それは、喜ぶべきことだ。おれはそうひとりごちた。それなのに胸が苦しくてしかたなかった。
 あなたは正直で不器用に過ぎる。
 おれは、あなたが目をそらしたから、それがあなたにとってどんな相手なのか理解してしまう。ほとんどそのままに、あなたの感じたことをそうと知れてしまう。
 あなたの上客のなかにはあなたの夢使いの伎を欲し、それに大枚はたく趣味人、数寄者とでもいうひとがいる。あなたはそういうひとびとから与えられる褒賞を、あなたらしい謙虚さから自慢しないまでも隠すことはない。
 そのいっぽう、あなたの伎以外を期待してあなたを招きよせるひとびともいる。たとえば良き相談者として、眠れない夜の語り部として、または夜伽相手として――……
あなたは事の始めに、つまりおれが告白したさいにじぶんはそういう者ではないと言いきった。あなたはそれを差別と受け止めた。しかし、夢使いにそれを望むひとは少なくない。ことに魘使いである者に対しては。
 おれは、あなたが依頼人に色を売るのをよしとしないことを知っている。よしとしないどころでなく、それを忌避していることを。
 あらいざらい白状する。おれはあなたが依頼人と共寝しないと知ってどれほど安堵したか、浅ましくあなたを欲したか、言葉にできないほどだ。と同時にあの瞬間、もうじぶんの気持ちを抑えこまなくていいと考えた自身の狡猾と保身を憎まなかったわけではない。
けれどあなたはおれと付き合う前に依頼人の女性と寝台を共にしたことがあると告白をした。眠ってもらわなければ困ると口にしたあなたにはもしかすると、色を売ったつもりはないのかもしれない。
 何故なら、あなたの胸に所有の証を刻もうとしたおれに、あなたはすぐさま拒絶の声をあげた。そして、おれの疑念をそれと察し、まっすぐに目をみて説明をした。じぶんは髪や掌や指先だけでなく皮膚でも香音を拾うのだと。おれは肯いた。あなたの謂いを理解しなかったわけではない。あなたはそのからだをとても大事にしていた。ちいさな切り傷ひとつつけないよう気を配っているのも知っていた。あなたはいくらか眉を寄せて続けた。どうしてもというなら内腿にしてくれと。香音は上からおりてくる。そこならたぶん平気だと。
 それからあなたははっきりと告げた。依頼人の前で服を脱ぐことはないと。今までもしたことがないともつけたした。色を売らないとも言った。そうしておれを抱き締めてくれた。
 あなたがおれにそれを伝えようとしてくれている、その気持ちは途轍もなく嬉しかった。だから諒解をしたというかわりにきわどい場所にくちづけた。そうして所有の証をあなたの膚に刻みながらもおれは安堵しなかった。あなたが、それもじぶんのあがないだと思い定めれば、それを躊躇しないであろうと想像できたから。そのときおれは自分自身を保っていられるかどうか考えることすらできなかった――……