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声を聞かせろと懇願された。あいつには聞かれない。グラインダーをつかっても平気な防音設備がととのってる。
そういう問題じゃないとこたえる声は不様だった。好いところはあらかたもう覚えられていた。いや、どこもかしこも感じすぎてつらかった。歌仙は昔付き合っていた女たちのことを思い出し、申し訳ないきもちになった。そうして歌仙の気がそがれると強いちからで引き摺り戻された。あいつを忘れるために俺を利用しろと唆しながら、広光は歌仙をゆるしているとはおもえない無遠慮さで何もかもを暴き立てて奪っていった。それでいい――歌仙は呻いた。それがいい。こうでなければだめだ――ずっと、こうしてほしかった、あの男に。
あの年の四月のはじめから、見られていたのは知っていた。それなのに、いちどたりともじぶんに触れようとしなかった男の薄情を、心の底から恨みながら、同時に酷く欲していた。そのままで、いて欲しかった。誰もが憐れむか、蔑むか、または同情を寄せて近づいてわがものにしたがったあのころの歌仙を、あの男だけが欲しがらなかった。
清廉で、依怙地で、どうしようもなくうつくしかった。