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花うさぎ無計画発電所のことを語る

 いきなり抱え上げられそうになって慌てた。前に目をまわしたときのことを彼が思い出したのだとわかった。いや、大丈夫だからと言うと、彼が俺をのぞきこむ。なにか言葉に出して叱られるより、この顔にじっと見つめられるほうがよほど堪える。それを察せられているような気もして最近こころもとない。ともかく気まずくて、出ようといってシャワーを手にするとそれを奪われた。きゅうに立ちあがると危ないから座っててとうながされる。
「すこし冷たいくらいのほうがいい?」
 うなずいて、いま口にしたばかりの言葉を後悔する。猶予もならないというほどでもないが中断されるのはきつい。だが俺のようすを気遣い、お湯の温度を調整している彼にそれを言いだすのは気が引けた。
 近頃こんなことばかりしているようだ。
 彼の乞いに諾とこたえて以降、前のように抱き合えていない。俺がうまく出来ないのが悪いのだろうが。
 実をいえば、そんなものがおさまるわけがない無理だと言って終わりにしたいと何度思ったかしれない。かつて女性と寝たときも性交はしなかった。あのまま関係が続いても俺が怖がってしなかったに違いない。あのひとはとても華奢だった。
とはいえ俺はとうてい華奢とは言い難い彼に対しても出来ないと首を横にふったのだ。その結果こんなことになっていて、しかも面目の立つ見込みもあまりない。
 顔を伏せていると手をとられた。これくらいで平気、と問われてシャワーをあてられる。ありがとうとこたえて腕を伸ばすがそれは彼の手に握られたままだ。
 あのときと、似ている。
 たまに思い出す。俺の身体を洗い流してタオルでくるみ、ベッドへ寝かし、ひどく狼狽した様子で平謝りにあやまったその顔を。妙なはなしだが、好きだとかなんだとか囁かれて抱き寄せられるときよりもずっと、もっと触れたいと思った。頬に手を伸ばしたら、その手をつかまれてそっと静かにくちづけられた。そこに性的な感じはもうなくて、欲しいとも足らないとも言いだせず、服を着たらどうかと口にしてしまった。手が離れていくのが惜しかったのに、俺の下着とパジャマを運んでくる姿を見ただけでなんとなく何かが満たされた。ふだん外されるいっぽうの釦をひとつひとつ丁寧にとめる指と、息を詰めるような生真面目な顔を目の前にしながら、彼には弟と妹がいたことをぼんやりと思い出したのに、そのとき何も言えなかった。いや、ありがとうとは口にした。もう大丈夫だとも心配かけてすまないとも。だが、俺はあのとき本当はもっと違うことを語りかけたいと願ったように思うし、きっとそちらを話せばよかったのだろう。けれど、俺の額や首筋に冷やしたタオルをあてがってくれた彼は、そうした何もかもを諒解しているふうでもあった。
 それが俺の甘えた考えでなければだが……。
 彼がゆっくりと俺の前にかがみ、髪をよけるように首筋に手をやった。よわい水流があてられる。その流れと同じように首筋から肩へとてのひらが添う。俺は、どこを見ていいかワカラナイ。胸のうえを温(ぬる)い水がつたいおりていく。彼のてのひらがそこを掠める。声は漏らさないですんだが反応は知られたはずだ。視線を落とすと彼のものもたちあがったままだ。彼はさらにシャワーヘッドをおろした。そして、このローション落ちが悪いねと言いながら下腹部へ手を這わせた。洗い流す手の動きに熱があがる。俺はその手首を掴んだ。
「どうしたの」
「シャワーとめてくれ」
 心配そうに寄せられた眉をみて、俺がはっきり乞わないといけないのだとわかったが言葉は口をついて出なかった。だから、その頭を両手で抱き寄せて唇を合わせた。彼が目をあけたままでいるので唇のよこで囁いた。
「続けていい」
 何を、と問われないだけましだった。彼が俺の目を見据えている。見つめ返すだけの気力がなく、俺は腰をあげてシャワーをとめた。そして、そのまま告げた。
「洗い流さなくていい。シーツを汚したくない。洗濯が面倒だろう?」
 俺の家じゃないし、とつけたしたところで背中から抱き締められて、いいの、と聞かれた。いいも何も、と俺はそこで口ごもった。その叢ごと尻にあたっている。だから俺は手を後ろにまわしてそれに触れ、破れかぶれで続けた。これを入れないことにはどうにもならんのだろうと。すると、彼が俺の手をとってそこから離した。
「あなたが望まないならおれは、」
「嫌なことには嫌だとちゃんと言ってる」
 こういう否定的な言葉でなく何か言わないといけないのだと頭ではわかっている。だが、よろこんで待ち受けているといえば嘘になる。俺は彼の手を握った。握りしめた。
 彼が、俺の手をもちあげた。背を屈め、手指に唇を押しつけたのだとわかった。指の背に、手の甲にくちづけがしずかに繰り返されて、そのやわらかな感触に息をつき、ようやく口をひらく。
「繋がりたいと言っただろう」
「……うん、でもそれは今日じゃない」
 痛かったら我慢しないで絶対に言ってと耳に注ぎこまれながら甲に手を添えられた。その手を床に伏せろと言われるかと思ったら膝をついた姿勢のまま身体の真ん中へ持ってこられた。
「じぶんで握って」
 耳を舐めながら囁かれた。どうしようもなく切羽詰まっているさなかならまだしもできるはずもない。首を振りたかったがそれすら難しい。俺の躊躇を無視するように、彼は俺の左手をとって壁につける。
「四つん這いのほうが楽だけど嫌だって言ったから」
 たしかにそう言ったおぼえがある。それからすぐに右の甲に添えられていた手がはなれ、上半身を壁へと押しつけられた。
「これで、おれからはもう見えない」
 そのとおりかもしれないが、だからといって始められるはずもなく。彼がどんな表情をしているのか確かめてたくて振り返ろうとしたこめかみに熱っぽい声が触れた。
「いつか、見せて。あなたがしてるの見たい」
 何をと問うのは憚られた。
「……変態」
 彼の笑い声が首筋に触れた。顎に手をかけて俺を振り向かせると満面の笑顔で言い切った。
「じゃあ遠慮なく本領発揮するね」
 そんなことはしなくていいという言葉は途中で悲鳴へとすりかわった。