基本的に「自由」と言うものには1mgの価値もない。
「自由」とはあくまでツールであって、そのツールを使ってどれだけ「価値のあるものを生み出せるか」「価値を阻害するものを減らせるか」それだけで判断すれば良い。
包丁を使って「料理を作る」のか「人を刺す」のか、その行為こそが判定基準であるように。
道具なら「デザイン・機能美」と言うものがあるが、形のない「自由」そのものに価値はない。
だから「誰かの自由を阻害する罪」とは「その誰かがその自由を使って価値あるものを生み出すのを阻害する罪」であって、「生み出さない(あるいは害悪なものを生み出す)自由を阻害」したところで些かも責任を感じる必要もない。
「価値」に対する判断が正確である限り。
差別する自由のことを語る