「なにしてるんですかなにしてるんですか」
「いえ見えないと云われたもので」
「見えない? 誰にですか」
「誰だか……とにかく耳はいいものですから聞こえるとどうにも気になって」
「それでいつもの場所を降りて月をお担ぎになっていると」
「そうです」
「それはいけませんいけません」
「はあ」
「なにしろ月はあなた様の飛行力で飛び立っている」
「は」
「あなたが乗らんと月は飛ばぬのです」
「はあ!」
「なので乗ってください、さあさあ」
「飛ぶ……わたしはてっきりえんしんりょくというもので月がこう……上がっているのだと思っておりました」
「あなた月が飛んでいないのだと知ったらいつもこうして降りて担ごうとしていたのですか!」
「そりゃちょっとは上の方が見やすいでしょうし……とにかく見えないと云われると。飛んでいるのですか」
「そもそもあなた様は乗っている月が飛んでいるご自覚がないのですねえ」
「ないのです。月を見せるばかりですから。ここしばらくは餅もつく」
「なのに遠心力などとは」
「とにかく誰かが云えばきこえるものですから。その時はまあ細かく星について語っておられましたよ。わたしにはその中身がわかりませんがなあ、えんしんりょくとは乗っているとわからぬものだとか」
「ご説明はあとあと、まずは乗らねば。あの雲が見えるでしょう」
「ああ……そういえば雲ですねえ。なんとも分厚そうな」
「あなたが月に乗るとその飛行力によって雲が蹴散らされます」
「なんと! そうなのですか初耳です」
「その結果として月が飛ぶのです。雲が散らねば見えぬと声があがるのも当然なのです」
「雲があるときも見えたという声は聞こえますよ」
「それは雲にも隙間がありますからな。薄くなっても明かりが透けます。今宵の雲はそうそう散らぬやもしれぬ。だがそれもあなたが乗らねば」
「そうでしたか! いやはや、よいことを教えて頂いた。今日支給された月はそれは丸くて、見せてやりたいのです、ほら」
「おお、ふむ。ふむ。たしかにすばらしい。これを何枚も何枚も作るあなたのお仲間もすばらしい。お仲間に負けぬようそれを見せびらかしてやりなさい」
「支給されこそすれ、月に乗る仲間には会ったことがありませんでなあ。何枚もあるのですか」
「何枚もあるようですな。しかしお仲間に会えることはないでしょうな」
「そういうものですか」
「そういうものですそういうものです」
「ならば会えぬ仲間と競ってみましょうか。あの雲が蹴散らせるのですかなあ。うまくいかぬでもがっかりせねばよいのですが。誰かも、あなたも」
「がっかりはしませんよ。どうぞお乗りなさい」
「ほんとうによいことを教えて頂いた。ありがとうございます。」
「いえ、いえ、なに、実はあれは今日の私の雲でして。このところ私も力任せの仕事が続きましてなあ、今日は早く引っ込みたくなりまして、思わずお声掛けしたのです」
「おや、大丈夫なのですか」
「大丈夫です、ええ、ええ、別のところでも仲間が働いているのはあなたも私も同じです。それでは失礼いたしますよ。どうぞよい夜を」
「ではよくお休みください、どうぞよい夜を」
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