大人たちが釣り糸を垂れる。竿先は重い。くり抜かれたかぼちゃがぶら下がっている。中にはこまごま包まれた菓子が詰めてある。
人がまばらな辺りまで辿り着いて腰を下ろす。連れが首を伸ばして見下ろす先は暗闇奈落。この場所がかつて高層の天辺であっただけなのだろうが。天辺も古びて並べば河のない岸である。
夜空は仄明るい。こちらと向こう岸の釣り人の手元の灯り、屋台の提灯。辺りの色はぶらぶらと揺れるかぼちゃとさして変わらない。
連れはかぼちゃを縦に割ってくり抜いてしまった。丸ごとと見比べるとすこぶる安定していない。不満が顔に出ていたらしく
「ひとりで来ればよかったのですよ」
と帽子の下で呟かれた。お前も来いと依頼したのはこちらで、かぼちゃは昨晩路地をうろうろして一個見つけた売れ残り。
宿のおかみさんが竿とお菓子をいくらか用意してくれた。かぼちゃの中にバターの香りの堅い小さな包みを並べ、上に屋台で買い足した派手なセロファン包みを載せ、奈落の側へ差し出す。辺りの落ち着きを見るにしばらくは待たねばならないだろう。
その内、暗闇の底からぽわぽわ、ほんのり明るい小さなものが近付くほどに速度を増し、列や渦をなしてやってくる。教わった通りの台詞を思い思いに叫んだ結果の大合唱。
「おかしくれなきゃ、いたずらしちゃうぞー!」
甘い匂いを湛えたかぼちゃは格好の標的となり、やつらふわふわ浮き足立って、まあ足が見当たらぬ姿も多く、光の届かないところから自ら光って宙を行き来できるのは羨ましい限りという気もするが、振り回されるかぼちゃに従って手元の竿もがくんがくん揺れる。赤や紫のセロファン包みがひとつふたつぽろんぽろんと暗い中へ吸い込まれた。それにも気付かぬはしゃぎぶり。
その内に調子に乗った白い塊がつい、とこちらの顔面に寄ってきて喜色満面隠せぬつり目裂け口を晒す。
「おかしくれなきゃいたずらしちゃうぞー!」
「いたずらはしただろう」
「お? おかしくれなきゃ…」怪訝そうな面のまま繰り返すのを遮ってかぼちゃ指差し言うべきである。
「菓子をもらったらいたずらするというんだろ。お前たちが取り巻いたからそのかぼちゃの中味がいくつか落ちた。拾うにももう遠い」
連中素直に下を見やる。
「私はもういたずらされたから、いたずらしたお前たちに菓子はやれない。そういう交換だ。わかったか?」
ひゅう、と萎んだように明かりが薄くなり、列がふらりと蛇行して離れてゆく。薄黄色のがふいと戻ってきて銀色の包みをかぼちゃへ戻し入れる。
祭りの目的にして名物は道理釣りと呼ばれている。宿のおかみさんは「いちゃもん釣り」と言っていたが。
かぼちゃの釣り人にお菓子がもらえると先達に決め台詞を教えられた新入りと、日頃ままならぬ道理の撒き散らしを夢見る大きい形した偏屈ども、あと商売人、が集う祭り。
菓子が欲しければかぼちゃでなく釣り人に声をかければよいと気付き学んだ新入りたちは、もらった菓子を抱え頬張りくるくると辺りを漂い、いずれ闇の底へ戻る。
そういう祭りだと聞いた。
だがどうも、私は夢破れそうな気がしてきた。
連れの周りの光の渦はいや増して、もはや姿がところどころしか見えない。竿を持つ手と逆の手がいつの間に買ったのか屋台売りのでかい渦巻きキャンディを掲げており、小さな興奮のるつぼとでも呼べばいいのか、なんだこれは。皆そちらに吸い寄せられて、その脇にいる私と私の竿には何も寄ってこない。腹立たしい。正確には寄ってきたやつも私の顔を見て逃げた。
連れは勢いに押されたのか無言のまま巻き込まれている。出来ればこのまま口を開かないでほしい。「わかった」とか「あげるよ」とか口走ってしまったら釣りはおしまいだ……お願いだから。頼むから。
祭りを終えてかぼちゃの中に残った菓子は、滋味溢れる味わいになっているという。