モノを持つことと手放すことについて考えていたら、カール爺さんを思い出しました。
「カール爺さんと空飛ぶ家」で、カールが後生大事にとっておいただいすきなエレンの思い出の品々を、エレンの手紙を読んだあと見つめ直す場面があるじゃないですか。
カールはエレンを忘れたわけでも、エレンとの思い出やエレンの持ち物への愛着が薄れたわけでもないですよね。カールがエレンと暮していた間カールを支え続けたモノは、カールがその後の人生を歩む上で、違う働きをする必要があったということだと思うんですよ。あのときのカールの晴れやかで力強い顔。
カールはエレンを失ったけれど、カールがあの場面であの決断を下せたのは、カールの中で生き続けているエレンが、またエレンの残した品々が、カールに力を与えたということだと思うんですよ。ほいでちびっこの人生はカールに救われたじゃないですか。カールが過去に生きていたらそんなことは出来なかった。
犬の爺さんにはそれが出来なかったんですよね。犬の爺さんもときめきを探せばよかったのにと思います。そして過去じゃなくいまを生きていけばよかったのにと思います。あのバウリンガルすごいじゃん。あれをひっさげて帰ればよかったのに。