だだっ広い工場の片隅にベッドとテレビとコーヒーテーブルがあった。
元ベトコン父さん、質素倹約を絵に描いたような人だけど、まさかここで寝ているのか。
と思ったら、ここは繁忙期に職員が寝泊まりする場所だとのこと。
「おとさんの部屋は二階にあるんです」
元ベトコン父の部屋は10畳ほどの広さでベッドはキングサイズで天蓋付き。床はおそらく大理石。
でもこの一文から想像するようなところとは程遠い。古くて埃まみれのベッドとテレビと箪笥以外何もない。
カーテンもカーペットもなく、季節外れの布団は巨大なビニール袋に詰め込まれ、床に投げ出されている。
天上には蛍光管が二本、むき出しで張り付いていた。
ずっと前に引越しして、今も荷物が一部残っているようなたいへんな空家感。
「けっこ広いでしょう?」得意そうなVNYK。「隣は僕の部屋」
え、なにか宗教でも始めるの?と言いたくなるサイズの神棚が壁に取り付けてある。
果物、ビール、お菓子が備えられ、天上はビッグサイズの線香の煤で真っ黒になっており、床は灰だらけであった。
信仰熱心なのかどうでもいいのかわからない。
「これからおとさんの車でおとさんの家案内します」。
車はベンツであった。そしてVNYK生家はどう見ても廃墟であった。何かの事件現場かと思った。
むき出しで剥げ剥げのしっくいの壁に埃で重くなった煤が垂れ下がっている。窓は半開きで埃まみれ。
「けこおっきいですので、おとさん今年ここに新しの家建てます」得意そうなVNYK。
玄関を開けてすぐに巨大なテーブルが床いっぱいに置いてあり、二階の一番大きな部屋には部屋いっぱいに仏壇があった。
「このテーブルはネ、とても古いの物。いまないです。細工と木が最近のものではないです」
得意そうなVNYK。お父さん、満面の笑み。
「この仏壇もすごくお金かかてるです。たぶん8百万円くらいするかな。でも今度家建てたらもとおきいの作る」
30年前に八百万円の仏壇を作り、ベンツに乗り、子どもを日本へ留学させてもカーテンは買わない。
広い敷地と古い家具をこよなく愛し、居心地は二の次三の次というのが家風なのかもしれない。
そのあとお父さんの運転でベトナムの伝統家屋が残る村へ行った。
お父さんは400年前に建てられた家の主に何か熱心に質問していた。
「おとさんはねえ、これとそくりの家建てる。だから今日はいぱい古い家を見ます」
「ベトナムはそういうの多いの?」
「や、みんな新しの家作るけど、おとさんは古いの家作りたい。たぶん八千万円くらいかかるじゃないかなー」
全財産はたいて国定文化財を真似た家を作りたいお父さん。めっちゃ笑顔。
国の保護を受けた伝統家屋はどれもたいへん廃墟感があった。