「ねえ、ちょっと。ここすごいとこだね」
「あぁ?」
母は後部座席に乗ったまま目を会わせようとせず、曖昧な返事をした。
「悪い感じはしないけど、なんかすごいんだけど」
「知ってる。『普通の人が住めるような土地じゃないからくれぐれも失礼のないように』って言われたから」
「誰に?」
「土地のお清めをしてくれた人に」
母は友人の厚意でその道に詳しい方に土地のお祓いをしてもらっていた。
そのときに言われたらしい。
「あのね、山がなくなって居場所がなくなっちゃって、ここに集まっていらっしゃるみたいなの。だからなるだけ木と庭を残して家を建てますって伝えた方がいいと思う」
「木も庭も残すわよ」
「伝えたの?」
「お祓いしてもらったから」
「降りないの?」
「何度も来てるのよ」
母は怯えたような険しい顔でつぶやいた。あんなに喜んでここまで来たのに、最後まで車から降りなかった。
わたしは母の土地に仁王立ちしている何かに畏敬の念を感じたけれど、草原に身を寄せている何かも仁王立ちのそれにも同情を覚えた。昔からその地に住む守り神や精霊が住宅地の片隅に肩寄せ合っているみたいだ。聖地を奪われたコロポックルのように。
その同情心は翌朝、人間サイズの仁王立ち男に追われる夢で目が覚めるまで続いた。