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くたびれ はてこのことを語る

祖父は夕暮れになると、それまで何をしていても
「もういいよ。帰って旦那さんのご飯の支度してやんなさい」と言った。
家にいても台所に立てるほど元気があるとは限らないので、内心(帰っても出来るわけじゃないからなあ)と思っていた。

「料理を作るって大変なのよ。たとえばうつの人の場合、かなり回復しても料理だけは難しかったりするの」
と医師から以前聞いたけれど、買い出しして、献立考えて、並行作業で調理して、片づけて、頭も体力も使うからキツイ。
調子いい時でも、本当にくたくたになる。台所の床にしゃがみこみたくなる。朦朧とする。寝込む。
もちろん元気だったときはこういうの、分からなかった。億劫なのだろうと思い込んでいた。

祖父が亡くなって、三週間ほどしたある日から突然台所に平常運転で立てるようになった。
それまで苦手だった食材にも手を出せるし、やったことのなかった料理のハードルも壁から敷居くらいにぐっと下がった。
なぜなのかわからない。とにかく出来る。なぜ出来なかったのかな?っていうくらい、簡単に出来る。
疲れるには疲れるけど、前よりずっと楽だ。太った?筋肉増えた?と思ったら変わってなかった。

他界から二ヵ月、形見分けが済んで、この「なぜか出来る」は加速化した。祖父の机が来た日からだ。
「計画を立てて実行、予定に合わせて行動」というミラクルが起こり始めた。
予定を立ててもその時の体調次第でどうなるかわからないし、精神的に参っていたら動けない。
立てても無駄な計画を、賽の河原で石を積むように立てては挫折を繰り返していた。なのにいまは出来る。
いまもこれがいつまで続くかわからない。書いたら消えてしまうんじゃないかとも思う。でもとにかく今は出来る。

弁当のおかげでもちおの小遣いは潤沢になり、外食が減って家の時間が増えた。
帰ったら風呂に入って食事をして、映画を観ながらお茶を飲んで、あるいは本を読んで、もちおは寝る。
「もちお、奥さんがいるみたい?」と聞いたら「旦那さんになったみたい!」と言っていた。

料理を作っていると「旦那さんのご飯の支度してやんなさい」という祖父の言葉をよく思い出す。
「嫁さんがおるっちゃこんなにいいもんかねえ」
と目を細めて、祖父のガウンを繕うわたしを夫に褒めてくれたことを思い出す。
わたし達の帽子と一緒に祖父の帽子を玄関に下げている。もういないけど、一緒に暮らしている。