「HERO」
バス停のベンチに女の人が座っていた。何台もバスがやってきたが、その人は座ったままだった。ボクは気づいた。彼女は泣いている。
とたんにボクは彼女を助けてあげなければと思った。
今彼女の悲しみを知っているのは、世界中でボク一人だけ。
今彼女が必要なものを与えられるのは、世界中でボク一人だけ。
そして、今のボクならそれができる。
大人のくせに街中で泣くなんて思わなかった。涙がぼろぼろこぼれて止められない。鳴き声を漏らさないように口を閉じているのに精一杯で、立ち上がって歩くことさえできない。ただ誰にも気づかれないように下を向いて、鞄を手に落ちる涙をびしょびしょのハンカチで拭い続けていた。
ふいに足元に影が落ち、頭の上でくぐもった声が言った。「これ、よかったら使って下さい。」鞄の上にポケットティッシュが差し出された。礼も言わず受け取ると「置いておきますから」鞄の横にティッシュがいくつか積まれた。私は俯いたまま頷いて、ティッシュの山を自分の方に引き寄せた。
何台もバスがやってきて去っていった。人の列が伸びては縮み、やがて終バスが闇に消えると、バス停には私一人が取り残された。前髪に手をやるふりで顔を隠しながら、立ち上がって振り返ると、人気の絶えた駅前通りでティッシュを配る青年がいた。
彼は遠慮がちに彼女に近寄った。
そして「歩くのに、泣き顔が恥ずかしかったら…もし、よかったら、これ使って下さい。」と言うと、頭の大きなカボチャのかぶりものを脱いだ。
その後のことは知らない。
ハロウィン超短編まつり(>w<)2010のことを語る