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音楽のことを語る

9年前、東京・千駄木の古書ほうろうへ行ったとき、店先でかかっていた音楽に耳を奪われた。
テクニックではない。いい音楽をしたくてしかたがないという内なる疼きからくる前のめりの姿勢に、みずみずしさを感じた。店主の宮地さんに尋ねたところ、自分もこのジャズピアニストのことをつい最近知って、おもしろいので彼の音楽を店先でかけているのだ、とのことだった。
福居良。彼は高校を中退してアコーディオン奏者になり、父親が弾く津軽三味線の伴奏を務めていたが、都市化していく 60 年代末の札幌で流しの仕事を続けられなくなっていくなかで、あるとき「ジャズピアノなら仕事はある」と言われたことをきっかけに、22 歳から独学でピアノを学び始めた。
28 歳のときに出した最初のアルバム『Scenary』(1977)(のとくに 3 曲目)のなかでは、未完成の技術が爆発的な熱意についていっていないところがある。しかし彼は絶対に引いたりしない。破滅的なテンポに至っても、弟・福居良則の叩くドラムを信じてひたすらに走り続けている。
そういう姿勢が気に入ってから、ぼくは自分自身の手にあまる困難な仕事に立ち向かわなければならないときに彼の音楽をよく聴くようになった。留学先のボローニャへ向かう飛行機のなかで、離陸直前に聴いていたのもそのアルバムだった。
2016年夏、翻訳者としてそれまでで最も困難な案件に取り組んでいたときも、ずっとずっと聴いていた。ネットを検索したところ、直近の数年間に彼が知られざるプレイヤーとして海外のファンからいっそう評価されるようになってきたことを知った。そして、同年 3 月に悪性リンパ種で亡くなったことも。
今も聴いている。
たぶん、これからも。
福居さん、青春の音楽をありがとう。ぼくも仕事をする。きつくても、ひとに知られなくても、なるたけいい仕事を。
福居良(Pf), 伝法諭(b), 福居良則(ds): Early Summer