昨日の夜、人身事故で遅れた電車には酔っ払いがたくさん載っていた。
比較的静かな三人がけのすみっこに座ると、向かいの座席には見事な赤ら顔で1.5人分を占める老人が。絡まれないといいなあ、と思いながら座っていると、その座席の端に、不機嫌そうな若者が座った。耳にイヤホンを指し、両の手にはスマホとペットボトルをそれぞれ。
そのまま電車は進み、やがて降りる駅が迫り、アナウンスが流れ始めたので、私は立ち上がってドアの方へ。泥酔老人の側のドアだったので、少し距離をとってドアの真ん前あたりに立った。
しかし、停車信号で電車が止まった。ダイヤが乱れているためか、かなり長い。すると泥酔老人が、「なんで止まったんだ」と、ひとりごとなのか問いかけなのか微妙な調子で、しかし大音量で声に出した。周囲の人間は関わりを持たないように息を潜めている。
「もう駅に着いたのか」「ここは●●か」
次第に、声はこちらを向いてきた。
「なあ、ここは●●なのか」
私は観念して、泥酔老人に答えた。
「まだ××の手前です。●●はその次ですね」
「まだ電車は止まってるのか。なんでだ」
「停止信号が出てるんですよ」
「そうか。次はじゃあ、●●だな」
「いえ、次は××ですよ」
私は次第におかしくなってきた。
と、泥酔老人の並びに座っていた若者が、二度三度と、私たちの会話中にペットボトルを落とした。なんとなくイラついた様子の彼こそ私は触れたくなかったのだけど、泥酔老人は赤ら顔を彼の方に向け、
「大丈夫か」
と聞いた。若者は答えない。すると老人は重ねて、
「おい、大丈夫か」
すると若者は呻くような声で
「△△までいっちまった…」
イヤホンをさしているので、誰かと電話でもしてるのかと思うような口調で、彼は続けた。
「俺、**で降りたかったのに…△△までいっちまった…クソ…なんでだよ…」
それに泥酔老人が大声で、「それは大変だったな!」と心のこもっていない調子で答える。
電車が動き出し、ほどなくして再び止まった。私の降りる駅に着いた。
「ここは、●●だな!」
「いいえ、××ですよ」
「あー、そうか!」
向かいのホームには乗り継ぎの快速が停まっていた。私たちの乗っていた電車は各駅停車だったので、ほとんどの乗客は乗り換えるようだった。泥酔老人は次の駅だが、若者は確実に乗り換えた方がいい。
しかし、私も反対ホームへ迅速に移動しなければならないので、説明する時間はなかった。
若者には自力で気付いてもらえるよう祈って、老人に「寝過ごさないように気をつけて」と声をかけて電車を降りた。
老人の「わっはっは、親切にありがとう」という声が背中に聞こえていた。
ピリピリした様子だった若者が、各駅停車の駅でいうと二十ほど乗り過ごしたことを思うと大変哀れである。また、彼がペットボトルやらスマホやらをガツンガツン落としていたのが居眠りの結果だとすると、また寝過ごしかねないので、早めに事情がわかっていたら、もう少しアドバイスできたかもしれないと思うとやや残念な気もする。
ともあれ、あの二人が無事降りるべきで降りられたよう祈る。
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