@kodakana_ship10
永井真理子のことを語る

《1992 ライヴ・イン 横浜スタジアム》


1992年8月、横浜スタジアムに三万人を動員した大舞台。横浜スタジアムってあれ、西武球場が何かのときだけ西武スタジアムと呼ばれたのと違って、正式名称。CD 二枚に全19曲が収録されている。

永井の人気全盛期の結果的には掉尾を飾ったイベントだけに、代表作がずらりと並んでいる。でも〈ZUTTO〉はただ一度紅白歌合戦に呼ばれた曲だけど、これはどちらかというとアルバムの中にメリハリを付けるために入ってるような感じがする。紅白出場曲よりも何と言っても永井の顔と言える歌は、〈ミラクル・ガール〉だと思う。こんな歌詞がある(作詞:亜伊林)。

バラの唇にほほえみ浮かべれば
ついさっきまでの君が変わるはずさ

変わりたい、変われる、変わる、ということを表現した詞のある歌が、永井真理子の最も永井真理子らしい魅力ある作品になっていると思う。あの頃、変化することに対する前向きな気持ちが、世の中に何となく広がっていた。時代と個性が、合致した。

〈愛こそみんなの仕事〉(作詞:亜伊林)

何かできるよ しなくちゃ 今すぐに
愛は地球の血液だから

人が変わるということには、いくつかの意味がある。個人として成長すること。前の世代とは同じ大人にはならないということ。いくつかの意味が重なる。

〈泣きたい日もある〉(作詞:遠藤京子)

大人になりたい 子供に帰りたい
いろんなわがままで 出来ているの私

このライヴの中で、ふとした時に思い出すような歌っていうのは、〈私の中の勇気〉(作詞:永井真理子)だ。

愛の形が見つからない
今の自分からはみ出したいんだ

何かになる、もっと違うこと、良いことができる、そういう願望を肯定する風が確かに吹いていた。

1991年から92年にかけて、いわゆるバブルが弾けて、日経平均株価はこの8月に14000円台まで下がり、一旦は底を打つ。無敵の好景気の夢が破れて、世の中は借金まみれ、また少し待てば波が来るさという期待と、どうも大変なことになりそうだという不安が入り交じる。

この横浜スタジアムで発表された新曲が〈Chu-Chu♥〉(作詞:永井真理子)だった。これ、初めて聴いた時に思った、何かおかしいぞと。今になって歌詞を見ながら聞き直してみると、全体的にアップテンポで積極的な感じは、それまでの長いらしさを継承しているのに、最後の所で

Chu-chu そっとそっと Kiss をして

キスをして、と受け身になるのがチグハグな気がする。

永井真理子というキャラクターが、デビューから五年を過ぎ、活動が一巡したという感じもあり、年齢的にも先を見て、変わること、変わり方ということを特に意識した時期だったのだろう。それまで象徴的だった短髪をやめてみたりしていた。そこに迷いはあったのだろうか。時代と個性がすれ違ったのか。

世の中では、政治、経済、社会に対する困惑が広がり、あれほど熱かったバンドブームもどっかへ行ってしまい、変わりたい、変われる、変わる、という願望を漠然としか持っていなかった人たちは、その問いに用意された正解などなかったという現実を突きつけられ、どんな答えでもつかまなければならなくなったのではないだろうか。